No.947 不公正もたらす“自由”

今年にはいってから、日本政府は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加を強力に推進する活動を開始している。

不公正もたらす“自由”

TPPと同じ自由貿易協定であるNAFTAによって、アメリカからのメキシコへのトウモロコシ輸出量は3倍以上に増え、メキシコのトウモロコシ農家は大打撃を受けたことは以前取り上げた。これはアメリカ政府がトウモロコシを作る大規模農家に補助金を出しているためで、自由貿易ならぬ不公正貿易によって、メキシコの農家は税金で補助された安いトウモロコシと競争しなければならなくなったのである。

最近のアメリカ中間選挙で課題の一つとなったのは不法移民だったが、危険を冒してまで不法に入国し、低賃金でも働きたいと思うのはどんな場合だろう。なぜ多くのメキシコ人がアメリカへ不法に入国するのか。その一つの理由がNAFTAにある。

メキシコにとって、NAFTA導入の謳い文句は、国営企業や政府の規制が強いメキシコがそれを自由化し、関税を撤廃して工業製品の輸出国となれば経済が繁栄する、というものだった。しかしNAFTA導入当初こそ製造業は成長したものの、雇用の増加には至らなかった。農業分野での失業者数がそれを上回ったためである。そして投資の自由化で外国企業の参入、企業買収が相次ぎ、結局メキシコ経済が浮上することはなかった。

このNAFTAで成長した企業の一つに、スミスフィールド・フードというアメリカ系多国籍養豚会社があり、カリフォルニアとメキシコの両方に工場を持つ。メキシコでは農家を廃業したメキシコ人を安く雇い、アメリカから安く輸入した飼料を餌に養豚をして、同社はメキシコ一の豚肉会社になった。このような形でアメリカ農家への補助金は多国籍企業に利点を提供している。またメキシコには厳しい環境規制もないため、スミスフィールドの養豚工場では多くの豚が狭い不潔な場所に入れられ、周囲に悪臭が広まってもなんの問題もなかった。一昨年、メキシコで数十人の死者をだした豚インフルエンザが、この工場がある町で起きたのも偶然ではないだろう。

NAFTA施行のあと、アメリカからメキシコへの食糧輸出は主食であるトウモロコシをはじめ、大豆、小麦、米、そして豚肉、鶏肉、牛肉が急増したという。これらアグリビジネスはすべてアメリカ政府から多額の補助金を受けており、補助金のおかげで生産コストよりも安く海外に輸出できる。これはWTOが定義するダンピングにあたる。

NAFTAが約束した製造業の成長もなかったし、多国籍企業がその工場をメキシコよりも安価な労働力の国に移転することで、メキシコに多くの職がもたらされることもなかった。そして穀物価格が下がっても、トウモロコシ粉は大手2社が独占していたために、メキシコ人の主食であるトルティーヤの値下げにはつながらなかった。むしろ、2007年には価格が暴騰し、暴動も起きたほどだった。

結局、NAFTAは独占と集中をもたらし、勝者はメキシコ市場を手にしたアメリカ企業、多国籍企業だった。菅首相と財界が推進するTPPは、日本にメキシコと同じ道を辿らせようとしているようである。