No.970 円高は本当に「悪」か

8月、円高の史上最高値を更新しそうな中、日本政府は単独で4.5兆円規模の円売り・ドル買い介入をおこなった。この為替介入によって一時円相場は下がったものの、最終的には何事もなかったかのように値を戻した。4.5兆円というのは、1日の円売り介入として最大であったという。

円高は本当に「悪」か

この為替介入について、当時の野田財務相は、『日本経済が(大震災から)復興に向かっているときに、円高は経済・金融に悪い影響を与えるため』と語ったというが、これこそ真実を直視していない無能な政治家の発言にほかならない。(しかしその野田氏は総理大臣となった。)

円高、つまり円の価値が高くなって損をするのは輸出企業だ。輸出企業は海外での価格競争力を上げて製品を売りやすくするために円安を望む。だからたとえ日本企業や個人の所得や富の価値が目減りしても、政治家に圧力をかけ円安を誘導させる。

日本は資源がなく輸入に依存しているから、輸出で外貨を稼がなければという説も今では当てはまらない。真実は輸出が過剰であるがゆえに、その分余計なものを輸入しなければならなくなっている。そして純輸出(輸出額から輸入額を引いたもの)は、ここ数十年間の平均でもGDPのわずか1%に満たないのである。

一方で日本という国は、国民の生活に必要なエネルギー資源や食料の大部分を輸入に頼っている。石油や石炭をはじめとする資源やその他鉱物、野菜や果物、そして放射能によって今後米が汚染されれば、国民の主食である米さえも、日本は海外から輸入しなければならなくなる可能性がある。そうなったときに、円高と円安ではどちらが国民にとって都合がよいのだろうか。

それだけではない。4.5兆円というお金があるなら、それをまず復興に使わないのであろうか。家や仕事、土地を失い、途方にくれている人々の救済に使わないのか。震災や原発災害によってどれだけ多くの人の生活が崩壊したか、政府は知らないはずはない。一部の企業のために1日で4.5兆円を使うことを決定できる政治家や官僚は、いまだに原発事故による深刻な放射性汚染が広がる中、被ばくのリスクにさらされながら生活している多くの子供たちを、より安全なところへ移動させることもしていない。正当な賠償や行政的なサポートを一般国民に保証しない政府はしかし、輸出企業のための円高介入には簡単に4.5兆円を使うのである。

私はすでに10年以上も、日本政府が借金、つまり国債を発行してまで円の価値を下げるためにドル買い介入をすることを批判してきた。それは一般の国民のためではなく、政治家や官僚に、選挙資金や天下り先を提供してくれる一部の大企業のための政策だからだ。

しかしアメリカが債務超過となった今でも、日本の国内でこれほど多くの国民が不安の中で暮らしている今でも、政府は円高のメリットを国民生活に生かす道も模索せず、増税だけが唯一の方策であるかのように振る舞う。政府にも、正直な報道をすることはないメディアにもこれほど憤りを感じることはない。