一昨年、私は『アングロサクソン資本主義の正体』という本を出版し、その中 で、政府が財政赤字に苦しむのは、政府が自ら貨幣を発行する権利を放棄し、民 間銀行に委託しているからだということについて書いた。
多くの人が貨幣は政府や日銀が作っていると思っているかもしれない。財布の 中の紙幣は確かに造幣局で作られたものだが、通帳に記載されているお金は違 う。それは民間銀行が「貸出」(ローン)を通して作ったお金であり、預金者が 要求すれば用意すると銀行が約束しているものにすぎない。実際のお金として口 座間を移動しているが、それはいざとなれば現金化できると人々が『信用』して いるから成り立っているのであり、信用創造と呼ばれるのはそのためだ。部分準 備銀行制度により銀行はわずかな準備金を積むだけで莫大な金額を貸 し出すことができ、これが投機資金として使われバブルを起こし、それが破裂して多大な経済的、社会的損害をもたらしている。
欠陥のあるこの金融システムに異議を唱えてきた学者は少なくないが、去る8 月IMF(国際通貨基金)の調査部門から、「シカゴ計画再訪(Chicago Plan Revisited)」という研究報告書が発表された。シカゴ計 画というのは世界大恐慌の1930年代、アメリカの経済学者アーヴィング・ フィッシャーらが提示したもので部分準備銀行制度をやめて貸出において銀行に100%の預金準備率を要求するというものだ。それで公的債務および民間債務 が削減するとフィッシャーらは説いた。
大恐慌から抜け出す策としてルーズベルト大統領はケインズ理論を採用し、シ カゴ計画は検証も実行もされることはなかったが、IMFのマイケル・クムホフ らは、動学的確率的一般均衡モデルと呼ばれる分析を行い、フィッシャーの主張 通り、もし銀行がお金を創造することをやめれば世界はもっと安定するだろうと いう結果になったという。この報告書はIMFの見解でも方針でもないと明記さ れているが、それでもIMFのような機関がこのような代替案を提案することは 画期的である。
社会に流通するお金の8割から9割は銀行の「貸出」によって作られたお金 で、貸りたお金は政府でも個人でも利子をつけて返さなければいけない。つま り、銀行が無から生み出した信用創造という貸出に付加される利子のために、返 済金額は貸出金額を常に上回り、そのために経済はかならず利子分だけ成長する ことを求められるのだ。
このIMFの報告書は過激な解決策といわれるか、またはただ無視されるかも しれない。もし部分準備制度を廃止し、100%の準備金が必要になるなら、銀 行は負債と同額の準備金を国から借りなければならず、万が一真剣に検討される ことになれば、特権を失う銀行が激しく反対することは間違いないだろう。
完璧な金融システムはない。しかし900兆円を超す日本の国および地方の長 期債務を考えると、今の金融システムで累積債務が減ることはない。なぜなら債 務返済でいくら国債を発行してもそれに対して巨額の利子を払い続けなければな らないからである。今こそ貨幣創造を民間銀行から政府の手に移す議論を始める ときだ。