3月15日、安倍首相は環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加を発表した。日本の最も重要な課題である「経済」を成長させるためだという。
日本はすでにいくつかの自由貿易協定や経済連携協定を結んでいるが、TPPに加盟すればアメリカと自由貿易協定を結ぶことになる。TPPの内容はすでに交渉をしているアメリカをはじめとする国々の国民はおろかアメリカ議員にすら秘密である。もしその協定が参加国の国民に有益なものなら、秘密にする必要はない。内容を知られたら国民から反対が起きるからこそ秘密にしている以外、考えられないのだ。
そのTPPは、過去にアメリカが締結した自由貿易協定の延長線にあることは確実であり、アメリカがTPPを「NAFTA(北米自由貿易協定)の拡大版」と呼ぶのだから、NAFTAが加盟国にどのような影響をもたらしたかをみればよい。メキシコがNAFTAを批准して20年になる。TPPと絡めて、あたかもNAFTAがメキシコに繁栄をもたらしたかのような報道があるが、それは近年中国の賃金が上昇し、多国籍企業が中国からメキシコに工場を移すのが増えていることが大きな理由だ。中国よりも賃金が安いことがメキシコ人にとって良いはずはない。良いのは安い労働者を使える多国籍企業だけであり、これこそ利益を追求する企業の求める姿なのである。
さらにNAFTAはアメリカからの安い農産物の流入でメキシコの農業を壊滅した。日本政府も、TPPに参加すると農業分野の生産額が3兆円減少し、一方で消費や工業製品の輸出が増加、全体では10年後のGDPを3兆2千億円(0.66%)押し上げると試算しているように、日本の農業がやられることはわかっている。そしてわずか0.66%GDPを引き上げるために、食料生産という大切なものを切り捨てるという。
NAFTAも最初はアメリカの技術や資本がメキシコに入り、メキシコが工業化されて経済が成長するというふれこみだったが、実際は経済成長はおろか失業や貧困の減少にも貢献しなかった。NAFTAから20年、車や冷蔵庫を買える中流層は増えたが、相変わらず人口の50%以上は貧困層で低賃金国のままである。農業の壊滅以外で変わったのは、20年前には数えるほどしかなかったアメリカの安売りスーパー「ウォールマート」が、今ではメキシコ国内に1700店舗以上でき、アメリカと同じ消費文化がもたらされたことだ。
自由貿易協定で利益を得たのは、安い労働者と農作物や消費者向け製品の市場を確保した多国籍企業であり、メキシコの経済も国民の賃金も上がることはなかった。TPPに加盟すれば、日本も農業が崩壊し、代わりに多国籍企業に大きな市場を開放することになるのだろう。NAFTAの拡大版であれば企業の主権を国家と同等にするISDS条項などで日本の法の支配の崩壊もありえる。TPP協定によって日本国民は生活の安定が奪われる可能性は極めて大きい。しかし安倍首相はそれが国益であり世界の繁栄だというのである。