No. 1036 サッチャー元英首相の死去

去る4月、マーガレット・サッチャー元英首相が死去した。それに際して日本の各新聞を含む世界のメディアは、その功績をたたえる追悼記事を掲載した。

サッチャーの功績は、国営企業の民営化、金融ビッグバンなどの規制緩和、福祉削減などにより停滞していたイギリス経済を回復させたというものだ。さらには、アメリカのレーガン大統領が行ったレーガノミクスと呼ばれる自由主義経済政策と共に、民営化による市場原理の導入で世界経済の停滞を打破したと褒め称える記事もあった。

しかし、サッチャーが実際に行ったのは、次のようなことだ。金持ちと権力者に対し減税し、その他の国民に増税した。企業の福祉を手厚くし、国民の福祉を削減した。企業と企業収益を守る政策を採用し、労働者や賃金を守る政策を捨てた。そして資本家の搾取を阻む規制を取り払い、国民には自己責任を押し付けた。

これこそが、80年代にサッチャーとレーガンが行ったことであり、日本でも「聖域なき構造改革」と称して小泉元首相が行った郵政の民営化や市場にできることは市場にという「官から民へ」という改革を後押しした日本のメディアが、そのお手本であるサッチャー元首相を賛美するのは当然であろう。さらには今、同じことを安倍政権はアベノミクスという名のもとでやろうとしている。TPPも消費税増税も、まさに企業の福祉を手厚くし国民の福祉を削減することであり、資本化の搾取を阻む規制を取り払うことそのものだからだ。

イギリスではサッチャーの政策に反対する人々が、彼女の死去を祝う歌として「鐘をならせ、悪い魔女は死んだ」というオズの魔法使いの挿入歌の購入をインターネットで呼びかけた。音楽ヒットチャートで上位にして公共放送のBBCに放送させようというのだ。

民営化を行ったサッチャーが失脚した理由は、赤ん坊でも病人でも失業者でも、国民全員に約500ドルの人頭税を課したためだった。人頭税はひどい逆進制の税制であり、それを支持するのは富裕者だけだった。そのため有権者はとうとう反乱を起こしてサッチャーは退陣し、人頭税は廃止されたがすでにイギリスの貧富の格差は修復できぬほど広がっていた。

サッチャー元首相の死去後、すぐに友人から送られてきたのは、イギリスの映画監督ケン・ローチ氏のコメントだった。サッチャーのさまざまな政策がもたらした大量失業や破壊された地域社会を舞台にした労働者階級の視点からの映画を手がけてきた彼はこう言ったという。「どうして彼女を称賛できるのだろうか。彼女の葬式は民営化しよう。競争入札にして、一番安い応札者にしよう。それが彼女が望んだであろうことだから」

アメリカに倣い企業の利益だけを優先した結果産業が空洞化したイギリスは、もはやヨーロッパの小さな島国となった。同じ政策をとる日本もアベノミクスにより中国沖の小さな島国になる可能性は高い。