環太平洋連携協定(TPP)は、その目標であった2013年内の妥結には至らず、交渉は2014年に持ち越された。
TPPの論点を農産物の関税撤廃に置いたのではTPPの本質を理解することはできない。TPPの真の脅威は、日本国民の暮らしに直結するさまざまな制度や仕組みを、多国籍大企業が有利になるように変えさせ、企業が国の主権をも侵すことができるようになることである。
交渉の始まりからその内容は極秘にされ、ウィキリークスなどを通してしか国民や当事国の政治家にすらも知らされていないのはそのためだ。しかしどんなに隠しても、TPPのオリジナルはアメリカが強く推し進めてきた自由貿易協定であり、これまでアメリカが締結してきた協定をみれば詳細もおのずとみえてくる。そしてそれが日本社会にどのような影響を与えるのかは、アメリカとの自由貿易協定で影響を受けた国をみればよい。
農産物に関して、20年前に北米自由貿易協定を締結したメキシコでは、主食であるトウモロコシのアメリカからの輸入が急増し、100%だったトウモロコシの自給率は60%台にまで落ちた。アメリカよりも人件費の安いメキシコでこのありさまでは、日本の主食である米がどうなるかは言うまでもないだろう。
さらにアメリカの自由貿易協定は、投資、知的財産権、政府調達、貿易相手国の税や規制制度といったことから生じる非関税障壁も含み、投資先の国の法律や政策により不利益を被ったとする企業が国を相手取り訴訟を起こすことができる仕組みが盛り込まれ、非公開で行われる審理に不服があっても上訴ができない。
例えばメキシコでは、環境保護区におけるごみ処理場の建設をめぐりアメリカ企業が訴訟を起こし、仲裁した投資紛争解決国際センターは、建設を許可しなかったメキシコの自治体に対して1600万ドル(約16億円)の賠償を命じた。国の政策よりも企業の利益が優先されたのである。
昨年12月、日本政府は国家戦略特区法案を成立させた。「規制改革を実行することで世界で一番ビジネスのしやすい環境を創出する」、言い換えると地域を限定して企業の利益追求を妨げる規制を撤廃するというものである。TPP加盟の前から、企業が利益追求に励めるように規制緩和を進めようという安倍政権の姿勢が如実に表れている。そして、いずれはその地域を全国に広げようというのであろう。
アメリカが日本に対して特に市場開放を求めている分野の一つは保険である。TPPに日本が参加すれば、国民健康保険制度が、日本に健康保険を売り込みたいアメリカの保険会社から非関税障壁だとして訴えられることになるかもしれず、仲裁センターの判断によっては、政府は賠償金を払うか健康保険制度を廃止しなければならなくなる。政府が国民のために作った制度が、企業の利益のために撤廃される、それがTPPという自由貿易協定の本質なのである。