去る5月、イギリスを訪問した安倍首相はロンドンの金融街シティーで講演し、経済成長のために安定的で安いエネルギー供給の実現が不可欠だとし、原発再稼働を表明した。
一方で、同じくロンドンを本拠とするバークレイズ投資銀行は先月、アメリカの電力業界全体の優良社債を格下げしたことを発表した。特定の電力会社ではなく、業界全体の格下げである。その理由として挙げたのは、アメリカにおける太陽光発電とその貯蔵技術の急速な進歩と普及だった。
福島第1原発事故が起きた2011年、アメリカ・エネルギー省は、20年までに太陽光発電の実用規模の設備コストを現状の約75%削減し、補助金なしで他のエネルギーと競争できるようにする「サンショット・イニシアティブ」を発表した。クリーンで安全なエネルギーへの取り組みはアメリカの経済競争力の強化と製造業の再建につながるとし、太陽エネルギー技術の開発に関わるさまざまなプロジェクトに総額1億4500万ドルを助成するというものだった。
それから3年、イニシアチブは予想以上の結果をもたらした。すでにハワイでは太陽光発電は従来の発電手段と価格面で競争できるものとなり、カリフォルニア、ニューヨーク、アリゾナと数々の州がこれに続くとされている。今後、分散型の太陽光発電とエネルギー貯蔵のコストが下がり続ければ、電気を作り送電網を通して配電するという従来の電力会社にとって大きな脅威となり、このために優良だった電力会社の社債が格下げされたのである。
アメリカで太陽光発電が急速に進んだのには、電力会社が小規模だったことや、電力網の老朽化で停電が頻繁に起きるなどの問題が背景にあった。逆に日本では、各地で電力会社が集中的に電力を作り安定供給している信頼性の高さから、個人の住宅や企業がその場で自分でエネルギーを作るという方向にはなかなか進まなかった。もちろん、もし日本政府が熱心に推進していれば、多くの国民はクリーンなエネルギーへの転換を歓迎したであろう。東日本大震災と福島第1原発の事故以降、日本政府こそが率先してクリーンなエネルギー開発へ方向転換するべきだったが、安倍首相はいまだに原発を再稼働したい考えだ。
さらにトヨタ自動車は「燃料電池車」の一般向け販売を本年度内に始める方針だという。この車の当初の価格は700万円程度というが、多くの企業や個人が太陽光発電へ移行すればするほど価格が下がるように、ニーズが増えて量産体制が整えば価格は下がり、また他社がこれに続くことで普及は加速するだろう。
そして再生可能エネルギーの利用が増えるほど現在のエネルギー業界への脅威となる。それを見越してバークレイズのような投資銀行は電力業界の社債の格下げを行ったのだ。10年といわず、今後、数年後には電力、エネルギー業界の勢力図が大きく入れ替わる可能性が出てきた。