去る1月に財務省が発表した2014年の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた日本の貿易収支は約12兆8千億円の赤字となり、貿易赤字は4年連続、赤字額は過去最大となった。
30年間連続で貿易黒字だった日本は、東日本大震災が起きた11年、赤字に転落した。政府は火力発電で燃料輸入が増えたことを理由にしたが、それよりも原油や天然ガスは全てドル建てで購入するため円安で赤字が拡大した。一方、円安で増えるはずの輸出は伸びが鈍い。産業の空洞化で多くの輸出産業が海外に製造拠点を移してしまっているためである。
産業の空洞化とは端的にいうと雇用がなくなることであり、その問題を抱えるアメリカではオバマ大統領が1月の一般教書演説で雇用を増やして所得格差を是正するための新しいインフラ作りを提言した。製造業が衰退したアメリカでは輸出をはるかに上回る輸入を中国など海外から行っており、そのために工場で働く人々が増えた中国では国民の所得が増え、経済そして国力が強くなっている。
アメリカ政府が発表した公式の失業率は5.6%と、2008年6月以来の低水準となったが経済の回復はみられない。なぜなら政府発表の数字は労働力人口に占める失業者の割合だけで、職探しをあきらめた人、正社員の職を探しながらも見つからずやむを得ずパートで働く人など、低賃金の非正規雇用者が含まれていないからだ。それらの人々を含めれば失業率は2倍近くに跳ね上がるはずだ。2014年には5050億ドル(約60兆円)もの貿易赤字を抱えるようになったアメリカは、かつて主流産業だった情報技術関連製品の半分以上も輸入に頼るようになった。そして市場をさらに開放するためTPPなどの自由貿易を進めている。
日本政府もTPPのメリットは「関税が撤廃されることで衣食住にかかわる多くの商品が安く購入できるようになる」ことだという。輸入を増やし、多くの雇用が失われても、消費者にとって価格が安くなるほうがいいということだが、この単純化した分析は不完全であり、正しくない。これがメリットとなるには経済の完全雇用が前提であり、完全雇用では失業しても収入がないのは限定された期間のみで、仕事が見つかれば前職とおなじ給与が得られる状態である。そうであれば消費価格が安くなることで社会全体は利益を得られる。しかし現状は、失業者が新しい職につけても給与はたいていその前よりも低くなる。新しく創出された職の大部分は、海外へ移せない低賃金のサービス業がほとんどだからだ。
加えて安倍政権はいま、労働者派遣法を改悪し、臨時的な業務に限って認めてきた派遣の原則をなくし、正社員の代わりに無制限に派遣を利用できるようにしようとしている。経済を活性化するには安定した所得を得ている中間層が必要であり、非正規雇用を増やすことは貧困を増やし、社会が不安定になるだけだ。生産を海外へ移し、賃金を下げれば残るは貿易赤字と貧困だ。栄えるのは多国籍企業だけということになるのである。