No. 1108 米雇用なき経済回復

アメリカの失業率が改善され、景気回復が進んでいるという報道があった。米労働省が発表した2月の雇用統計によれば失業率は5.5%と、6年9カ月ぶりの低水準になったという。

これだけを見れば確かに良いニュースかもしれないが、この数字は労働力人口における完全失業者(仕事に就いておらず、仕事があればすぐ就業可能で、4週間以内に求職活動をした人)の割合である。

この完全失業者だけでなく、職探しを諦めた人や生活のためにやむを得ずパートタイムで甘んじている人、家事育児中のために職探しができない人などもいる。完全失業者にそれら就業希望者を加えた数字を、労働力人口に同じく就業希望者を加えたもので割った、米労働統計局が出している「U6」という別の統計では、失業率は2倍の11%に跳ね上がる。これにパートなど非正規雇用の仕事に就いているが正規雇用の職を探している人を加えれば、数字はさらに増えるだろう。

日本でも、特に小泉政権の構造改革以降、格差社会が問題になっている。富裕層が形成される一方で、正規雇用の減少により、派遣やアルバイト、パートが急増したためだ。このメカニズムはマルクスの『資本論』でも「産業予備軍」として触れられている。

資本家は資本を投じて工場などを作り、労働者を雇って商品を生産し、それを売って売り上げを手にし、売り上げを再投資してまた利益を得るということを繰り返し、富を蓄えていく。一方、労働者は資本家に労働力を提供して賃金を得るが、その大部分を生活のために使うので手元にお金は残らず、労働力を提供し続ける必要がある。こうして資本家と賃金労働者が絶えず生まれていく過程において、資本家がいつでも自由に使える労働力のことを、マルクス経済学は「産業予備軍」と呼んだ。現代の派遣社員やパート・アルバイトはまさにそれにあたる。また資本家は、正規雇用者でさえ、いつでも産業予備軍に置き換える自由を持っているのである。

技術革新により過去40年間で生産性は大きく上がったが、労働者の賃金は増えていない。生産性と同じペースで賃金が上がっていれば、これほどの格差の広がりにはならなかったはずである。工場は以前よりずっと少ない労働者しか必要としなくなり、より多くの産業予備軍が生み出され、さらにまた資本家はTPPなどの自由貿易協定を結ぶよう政府に圧力をかけ、雇用の海外流出を推し進めている。世界の中で、安定した正規雇用に就く人は労働者の中でも少数派となっていくであろう。

歴史を振り返ると、資本主義を最初に取り入れた国は産業予備軍、すなわち国内の失業者を移民という形で輸出することができた。19世紀から20世紀の初め、ヨーロッパから数多くの移民がアメリカやオーストラリアへ渡ったのである。しかしこの地球に、もはやそのような新世界は存在しない。

アメリカ経済回復といっても雇用なき回復が長く続くことはありえない。なぜならそれは少数の資本の所有者と残りの大部分の労働者である国民との間の格差を広げるだけで、いくら政府が補助金を使い需要をつくりだしても、いずれ破綻することは目に見えているからである。