No. 1111 日本を取り戻す道

4月3日に厚生労働省が発表した今年2月の毎月勤労統計調査によると、日本の実質賃金は前年比2.0%減と、22カ月連続でマイナスになった。

昨年の総選挙では、安倍首相が選挙運動の中で「平均で賃金が2%上がった、ボーナスも7%上がった」と数字を並べて実績を強調していたが(インターネットを検索すると記事が出ている)、厚生労働省の統計をみれば、首相が自分に都合のよい数字を利用していたことは明らかであり、富裕層や大企業が潤っても消費税増税と円安による物価上昇で一般勤労者に恩恵はもたらされてはいないのだ。

このような国内事情にもかかわらず、4月に開かれたG20会議の声明文には日本とユーロ圏の経済が「最近改善している」との判断が盛り込まれた。円安で企業収益が改善している企業は一部であり、株高も大多数の国民にはほとんど関係がなく、日々の生活において経済が改善している状況とはとても言えない。

もっともG20会議は世界の大きな動きである中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)についても言及することはなかったので、G20そのものの意義が薄れているのかもしれない。米国と日本は参加を見送ったが、AIIBの創設メンバーにはインドやブラジルなどのBRICS諸国だけでなく、イギリス、フランス、ドイツを含む57カ国が名乗りを上げている。

中国がAIIB構想を発表したのは2013年。新しいシルクロードと呼ばれる経済構想としてユーラシアに高速鉄道、パイプライン、通信網などのインフラ整備を支援し、また海のインフラも構築するためのプロジェクトを融資する新しい銀行を造り、その資本金として中国が500億ドルを提供するというものだった。初めはほとんどの国から無視された構想だったが、いつの間にか米国が牛耳っているIMF、世界銀行、アジア開発銀行の脅威となり、米国の同盟国までもがAIIB側についたのである。

一方、米国に合わせてAIIBには参加せず、中国を除外して米国主導の貿易圏をつくるため日本が交渉に参加しているのがTPPである。交渉は完全非公開で大企業や業界団体が直接に政府担当者を動かして行われており、議員にも限定的な情報しか開示されていない。TPP推進派は輸出が増えて雇用増につながるというが、安価な農産物の流入で農業分野の雇用が減るだけでなく、企業の海外進出が増えて全体で国内雇用がマイナスになるのは目に見えている。海外からの単純労働者が日本に入ってくれば低賃金化はますます進んでいく。

TPP交渉で単純労働者の移動が協議されているかどうかはわからないが、政府や財界が以前から外国人労働者の日本への受け入れに積極的であることを考えれば、高齢化や労働力不足といったあらゆる理由付けをして海外からの労働者受け入れを進めるに違いない。そしてそれは日本の実質賃金のさらなる低下へとつながる。日本の失われた25年間とは逆に、拡大し続ける中国が米国を追い抜くことをあり得ないとばかりに、米国の後をついて行くことだけが日本を取り戻す道だと安倍政権は信じているのであろう。