残る任期の間にTPPを締結したいオバマ大統領の招待で訪米した安倍総理は4月、米議会でTPPの戦略的価値を強調する演説を行った。
しかし5月12日、TPPの締結を容易にするため、大統領に貿易促進権限(通称ファストトラック)を与える法案の、上院審議入りをめぐる表決が米国で否決された。米上院ではファストトラックとTPPの賛成派が多いため、これからも駆け引きは続くと思われるが、米議会においてもファストトラックが否決されたように、雇用に及ぼす影響などからTPPを強く懸念する議員は多いのである。
日本では、西村内閣府副大臣が、秘密交渉だと批判されているTPPの交渉文書を国会議員が一定の条件の下で閲覧できるようにすると表明し、後に撤回した。TPPの交渉が秘密で行われていることはもはや周知の事実だが、国民生活に大きな影響を及ぼす交渉内容でありながら、その詳細は国民はおろか議員へも情報提供がなされていないのだ。そのような経済連携協定の締結を、安倍総理とオバマ大統領は急いでいる。
今回の訪米で安倍総理はTPPだけでなく、日米同盟の強い連携をかつてない親密さで発表した。新たな防衛協力ガイドラインでは、自衛隊の活動の地理的な制約がなくなり、国会が承認すれば地球規模で活動し、米国の防衛活動にも参加できることになった。かつて湾岸戦争で、日本は130億ドルを出して多国籍軍を支援した。今後は米国の戦争にお金だけでなく自衛隊の生命をも提供しようというのである。
1957年、米議会で米国と日本の強固なパートナーシップの構築を約束した総理大臣がいた。安倍総理の祖父、岸信介である。当時、米ソ冷戦体制下の1951年に結ばれた日米安保条約により、極東の平和維持という目的で米軍の日本駐留が認められていた。1960年1月、岸総理は米国で新安保条約に調印し、それにより米軍への基地提供だけでなく日米共同防衛を義務付けたものとなった。そのため以前にも増して日本が米国の軍事戦略に組み込まれることなどを理由に多くの国民が新安保条約に反対した。しかし同年5月には国会で強行採決されてしまった。
米国への忠誠を誓い、新安保条約を結ぶ役割を果たした岸総理は、7月に内閣総辞職した。国民がTPPに反対しようとも、民主的なプロセスを無視して米国に従う姿勢を示すという行動は、その祖父が55年前にとった行動とよく似ている。これは日本が敗戦から70年間、国内においても、外交政策も米国の支配下にあることを示しているようだ。
安倍総理の米議会での演説は、世界での米国の影響力が弱まる中で日本だけは米国に追随し続けるという誓約だったのかもしれない。そして米国との同盟を利用して憲法を改正し、岸信介が求めた再軍備を実現してゆくのである。「日本を取り戻す」という自民党の公約が米国に敗戦する前の強い大日本帝国のようになることだとしたら、日本は着実にそれを実行しつつある。