フランスでは9月に、現金決済の法定上限額を3千ユーロから1千ユーロに引き下げるなど、欧州政府はキャッシュレス決済へ移行しつつある。
スウェーデンでも電子決済が進み、完全なキャッシュフリーに挑むのが今度の課題だと言われている。ストックホルムの公共交通機関では現金が使えなくなり、銀行強盗に備えて銀行はできる限り現金を持たない経営をしていくという。
キャッシュレス社会のメリットとして政治家やエコノミストは、不正取引やテロ対策、また脱税の防止や租税回避をけん制することなどを挙げる。現金こそが犯罪の主な原因で、無くなると困るのはシャドー・エコノミー(地下経済とも呼ばれ、GDPに反映されない脱税、贈収賄、麻薬、売春、自給産品消費、路上販売などの経済取引一般)だけだと提唱する学者もいる。しかし電子決済になれば企業や政府は決済の足跡を全てたどることができ、国民のプライバシーは無くなってしまう。「安全のため」という名目で全て監視され、国民を統制下に置くことができるのである。
また支配者側にとっては他にも利点がある。金融危機に見舞われている欧州では昨年から「マイナス金利」がとられている。普通はお金を借りると利息を払い、預けると利息がもらえるが、マイナス金利ではお金を借りると利息がもらえ、預けると利息を払う。今欧州では、民間銀行は欧州中央銀行に資金を預けると利息を払わなければいけない。銀行からお金を借りて利息をもらえるようにはまだなっていないが、もし民間銀行が預金から利息をとるようになれば、多くの預金者は銀行に預けるよりも現金で持つことを選ぶだろう。
また銀行が破綻すれば、欧州政府の多くは2013年にキプロスの金融危機でとられた、預金者の預金を銀行の資金であるとして、そのお金で損失を埋め合わせる「ベイルイン」を行うと宣言している。従って銀行の破綻が明らかになれば、取り付け騒ぎが起きることは間違いないが、キャッシュレス社会になれば取り付け騒ぎやマイナス金利の問題は解決されるのである。
しかし欧州の金融危機はキャッシュレス化で解決はされない。原因は18世紀に確立された金融制度、つまり政府が通貨の発行を民間銀行に委ねたことであり、「部分準備銀行制度」により銀行は預金者が預けたお金の何十倍もの金額を、貸し出しを通して作り出すことができることにある。そして民間銀行にお金が必要なときに介入して現金を印刷するのが中央銀行の役割なのだ。銀行が造ったお金が生産的な経済活動に使われれば経済は健全な発展を遂げるが、銀行が膨大な資金を投機家に貸し出し、投機マネーがデリバティブなどのバクチに向かい金融危機が起きたのである。
ギリシャの破綻危機では銀行に預金を引き出す長い行列ができた。一般国民は自分を守るために、銀行ではなく現金を手元に置くことを選ぶのは当然である。しかし現金廃止やキャッシュレス化で、一般国民の負うリスクはさらに高まるだろう。その一方で、銀行や中央銀行、政府の国家統制力は強まり、大規模な強奪が可能になるのである。