去る9月、イギリスで労働党の党首を決定する投票が行われ、圧倒的な勝利をおさめたのがジェレミー・コービンであった。
二大政党制をとるイギリスでは、経済格差の広がりなど問題は山積みで、現在与党である保守党の置かれている立場は極めて厳しい。
1979年から政権についた保守党のマーガレット・サッチャーは自由主義経済を採用し、国営企業をほとんどすべて民営化し、公共投資を大幅に削減した。金融をはじめあらゆる規制が取り除かれ、最高所得税率は83%から40%、最高法人税は52%から33%に引き下げられた。このためイギリスは1980年代半ばから貸付ブームとなり、個人消費が増大して好景気となったものの、製造業の停滞から支出に合わせた所得の増加もみられず、その後は慢性的な不況に陥った。
長引く不況の中で1997年、労働党が政権を奪還し、トニー・ブレアが首相に就任した。当初は期待が高かったが、親米派で、イギリス世論過半数の反対にもかかわらず、イラクの大量破壊兵器を理由にイラク戦争に参戦した頃から人気は急落し、大量破壊兵器も見つからず労働党支持者の信頼を失っていった。二大政党としながら、アメリカのクリントンやオバマの民主党が共和党と変わらぬ政策をとるように、イギリスのブレアも保守党とは変わらなかったのである。そして2010年からキャメロン首相率いる保守党が政権についた。
新しく労働党の党首に選ばれたジェレミー・コービンは様子が異なる。彼の党首選キャンペーン用のウェブサイトからその政策の公約を見ると、イギリスのメディアが彼を「極左」とおとしめるのも無理はない。
反緊縮財政、反公共支出削減。公共支出の削減ではなく、より速い経済成長、給与水準の引き上げ、税収増加、福祉への需要を下げることにより財政赤字を解消する。「国立投資銀行」を設立し、同銀行が発行する国債をイングランド銀行が購入して資金量を増やす。富裕層と企業への増税。脱税、税回避の取り締まり。民営化された鉄道を段階的に再国営化する。持続可能なエネルギーへの投資。潜水艦発射弾道ミサイルの更新をやめ、防衛産業で働いている人を持続可能なエネルギーや鉄道の分野へ移管する。高所得者の国民保険料の掛け金引き上げや法人税引き上げなどを財源として、大学を含む教育費を無償化する。
これらはコービンの公約の一部であり、労働党が実際に行うかどうかはわからない。しかしイギリスを支配する一部の特権階級にとって、あってはならない政策を公約とする、これまで泡沫候補のように扱われてきた政治家が労働党員から圧倒的な支持を受けたということは、大きな意味がある。日本でも安倍政権が憲法を無視して通した安保法案への反対から、立憲主義、生活保障、安全保障の3分野で学生たちが声を上げ始めたように、イギリスでも新たな動きが出始めたことだけは確かである。