2015年12月、欧州中央銀行(ECB)は、ユーロ圏でデフレへの懸念が再び浮上していることなどから、民間銀行から預かる際の金利を今年マイナス0.2%からマイナス0.3%に引き下げると発表した。
ゼロ金利政策の日本は、わずかな預金ではほとんど利息が付かず、引き出しの際の手数料を考えると実質的には預金するだけでマイナスになっていると言えなくもないが、銀行にお金を預けると利息が付くのではなく手数料を取られる時代が現実にくるかもしれない。
民間銀行にしてみれば高失業率で景気が低迷する中、企業へ貸すよりも不良債権化を心配する必要のないECBに預けるほうが安全なのだ。そこでマイナス金利にして貸し出しに振り向けよということである。スイス国立銀行は2016年から個人預金にもマイナス金利を適用するという。個人の預金を銀行が少しずつ手数料として取り上げていくということだが、これで本当に経済が活性化するのだろうか。
日本は過去15年間のゼロ金利政策にもかかわらず経済は停滞したままだ。多くの日本の勤労者は実質賃金の低下や消費税増税などで消費を増やす余裕がないからで、もしそこにマイナス金利が課せられれば、消費に回るお金はさらに減少する。
マイナス金利による経済の活性化を提唱する者は、地域通貨で知られる経済学者、シルビオ・ゲゼルの「減価する貨幣」を引き合いに出す。なぜ減価する貨幣が必要かというと、食べ物などの商品は腐るなどして価値が減るが、貨幣は減価しないため、資本家はそれを使うタイミングを待つことができ、貨幣の循環が滞るからである。
大恐慌の影響で景気が停滞した1930年代、オーストリアのベルグルという町で、このゲゼルの減価する紙幣を使う実験がなされた。町長が地域の銀行からお金を借り入れ、それを預金として預けたものを担保に地域通貨を発行したのだ。町が失業対策事業として仕事を提供し、その通貨を対価として支払う。この通貨は毎月額面の1%分のスタンプを買って貼らないと使えない、つまり毎月額面の1%の価値が減少するものだった。結果、失業は減り、人々は地域通貨を早く使おうとしたため循環が早まり消費が活性化した。しかしこの成功にもかかわ
らず地域通貨はオーストリア政府により禁止された。
減価する貨幣と現代のマイナス金利の違いは、ベルグルではまず新しい通貨を発行して地域経済に投入し、その一部を徴収したことである。そして新しい通貨は銀行からの借金ではなく借り入れを担保にした公債で、徴収したお金は町民のために使われた。
日銀の黒田総裁は日本がマイナス金利を導入する考えはないと述べたというが、米国からはさらなる金融政策を取るよう圧力もある。消費を増やす理由で日本がマイナス金利を導入するなら、ベルグルに倣い、まず国民が消費に使える新しい政府の通貨を経済に投入する必要がある。欧州と同じマイナス金利のやり方では民間銀行が既存の通貨から徴収するだけで国民に利益が還元されないが、ベルグルのやり方ならデフレ脱却に向けて動きだす可能性は高い。