2月、欧州中央銀行の総裁が500ユーロ紙幣の廃止を検討していることを明らかにした。その理由は、違法な活動など犯罪に使われるケースが多いためだという。これに合わせるかのように、米クリントン政権下で財務長官を務めたローレンス・サマーズ氏が、ワシントン・ポスト紙に「100ドル札を廃止する時がきた」と題する記事を掲載した。
現金不用の社会を支持する人々にとって、高額紙幣の存続は目障りらしい。サマーズ氏はハーバード大学ピーター・サンズ氏の論文を参考にし、高額紙幣は脱税などの金融犯罪、テロリストや麻薬組織のマネーロンダリング(資金洗浄)、汚職などに使われるので、それを撲滅するためとして廃止を提唱している。
しかしそんな理由で現金をなくそうというのは納得がいかない。犯罪をする者は人口のわずかの割合であり、現金があろうとなかろうと罪を犯すだろう。
なぜここにきて急に各国で高額紙幣廃止の話が浮上しているのだろうか。その理由は、現金が現代の金融制度において致命的な弱点になっているからだろう。デフレを回避するために多くの中央銀行は長年金利をほぼゼロにしてきた。さらに政府は巨額の公的債務を積み上げたが、それでも景気は回復していない。デフレの問題は、安くしないとモノが売れず企業は利益が減り、その結果給料の低下や倒産で貧困が増え、さらにモノが売れなくなるという、より深刻な不況になることだ。
ゼロ金利政策で国の借金を増やしても景気が上向かないのなら別の方法を取るべきだが、欧州や日本の中央銀行がとったのはさらにそれを推し進めたマイナス金利だった。米国もまた検討し始めている。日銀の黒田総裁は、物価目標の2%が継続するまで続け、必要ならさらに下げるとまで言っている。
マイナス金利が進めば、銀行はいずれ預金者からも利子や手数料を取ることになる。実際スイスでは個人の預金金利がマイナスの銀行もある。預金をすると預金者が銀行に金利を払わなければならないのなら、人々はお金を銀行からタンス預金に移すことを考える。日本ではまだ預金に利子を取られていないにもかかわらず、既にタンス貯金に備えて金庫を買い求める客が増えているという話も聞いた。現金で持っていれば少なくとも金利や手数料を取られることはないからだ。
しかしそこに問題がある。現代の金融制度では現金はごく一部しかない。「銀行に預けてあるお金」は預金者が要求すれば用意すると銀行が約束しているが、預金者全員が同時に現金化することを要求したら、それに応じるだけのお金がないのである。
つまりマイナス金利には、人々が銀行以外のところにお金を持ちたくなるという副作用がある。そうなると銀行制度は破綻するし、政府はそのような取り付け騒ぎを起こしたくない。もし中央銀行がマイナス金利政策を継続するなら、その解決策として現金を廃止し、国民が現状の銀行制度の中でしかお金を持つことができないようにする必要があるのだ。マイナス金利の導入は、国民に対する資本規制の始まりとも言える。