No. 1147 ギグ・エコノミーの進出

昨年からアメリカで「ギグ・エコノミー」(Gig Economy)という言葉が使われ始めている。ギグはスラングで、仕事または日雇いを指す。それにエコノミーを付けることで、空いた時間を利用した単発の仕事や日雇いで成り立つ経済形態、といった意味で使われる。

日雇い労働といえば、労働者が手配師からその日の仕事をもらうために朝早く労働福祉センターのような場所に並ぶといった場合などがあるだろうが、ギグ・エコノミーでは実際に並ぶのではなく、インターネットを通じて仕事の受発注が行われる。また仕事の種類も、建設業に限らずさまざまな種類の職業における労働者が対象となり、比較的高いスキルを要する仕事も含まれるのが、これまでの日雇い労働との違いである。

ネット上で受発注者を引き合わせるプラットフォームを提供する会社に、配車サービスの「ウーバー」(Uber)がある。スマートフォンやタブレット端末などを使ってウーバーのアプリから出発地点を指定して配車を頼むと、近くで登録している市民ドライバーに通知が届き、迎えに来てくれるというサービスだ。2016年2月現在、世界380の都市で利用することができ、車さえ持っていれば誰でもウーバーの運転手として働き始めることができるのだ。

空き部屋を有料で貸し出す仲介サイト「エアビーアンドビー」(Airbnb)もギグ・エコノミーのビジネスである。また「タスクラビット」(TaskRabbit)というサイトは、例えば部屋の掃除や引っ越しの手伝いといった、頼みたいちょっとした作業のタスク(用事)と、それに支払う大体の料金範囲をウェブサイトに上げると、登録している人が「いくらでやります」という値段を提示し、マッチングすると請け負いが成立するというギグ・エコノミーのためのプラットフォームである。この他にも、オンデマンドで労働力を提供する数々のサービスが生まれている。

ギグ・エコノミーでは、雇う側は労働力を安く手配できる利点があるが、労働者にとっては自由に仕事や就業時間が選べても、社会保障も失業保険もなく、この仕事だけで安定した収入を得ることは難しい。もともと米国でギグ・エコノミーのような働き方が増えたのも失業率の高さが原因で、正規の仕事が見つかるまでのつなぎとして、収入源を求める人たちがネットを利用して一度きりの仕事を見つけられる手軽さから始まった。たとえ不定期の仕事でも、ないよりましだからだ。

しかしギグ・エコノミーと呼び、あたかも新しい働き方のように取り上げられて企業もそれを活用するようになれば、正社員として働いている人にとっても脅威となる。事実、既にウーバーによる配車サービスの急成長により米国でタクシー会社が倒産している。

このギグ・エコノミーは日本にも進出し始めている。そのために許認可の撤廃など、さらなる規制緩和を求める声が高まるだろう。正社員、終身雇用という形態が崩壊し、次の仕事はいつ来るのか、健康保険や年金はどうなるのか、といったリスクが全て労働者に転嫁される時代には、全ての仕事が日雇いに向かっていくのかもしれない。