No. 1159 トルコのクーデター未遂

7月にトルコでクーデター未遂が起きたが、その背景についてはさまざまな臆測が報じられている。

一つはエルドアン大統領が自分の権力を強めるために行った自作自演という説だ。しかし発生時、エルドアン大統領は休暇を取ってリゾート地にいたのである。1991年、ゴルバチョフが休暇で別荘にいる時に起きたクーデターでソ連が崩壊したように、リーダーを転覆させるのに休暇は良いタイミングなのである。リゾート地から避難したエルドアン大統領が携帯電話の動画やツイッターを通じて、トルコ国民へ外出禁止令に背いて屋外に出るよう嘆願する姿がCNNなどで放映されたが、それは混乱した弱気なリーダーの姿だった。

エルドアン大統領は議会では反対派を糾弾し、中央銀行に圧力をかけるワンマンで暴君とも呼ばれた。過去に反政府活動で投獄された経験もあるが、トルコ民主化とともに政治家となり市長から首相、そして2014年に大統領になった。破綻したトルコ経済を海外からの投資誘致で建て直し、空港や鉄道、橋など国内のインフラ事業も積極的に行った。それには日本からの政府開発援助(ODA)案件も含まれている。

オスマン帝国の廃虚の上に近代国家として始まったトルコは東と西の中間地点に位置する。イスラム教国でありながら西側諸国の一員として北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、欧州連合(EU)への参加を外交目標に親米国家として発展してきた。しかし最近のEU崩壊に合わせるようにトルコの外交政策も転換期にあった。これがクーデターと無関係とは思えない。

6月末にエルドアン大統領は、2015年11月にトルコがシリア領空でロシア軍機を撃墜したことについてプーチン大統領に謝罪をした。撃墜以後両国の関係は悪化し、ロシアはトルコに制裁を発動していたが、トルコはロシアを戦略パートナーとして関係の改善を図ったのである。さらに7月半ば、トルコはシリアとの関係も改善する意向を表明した。トルコはシリアのアサド政権との関係を絶っていたが、この政策転換がユーラシア情勢に与える影響は大きい。

ここで影響を受けるのはシリアに軍事介入しているアメリカである。トルコがシリアと関係を正常化すれば戦争も止めるだろう。シリアの現アサド政権を支援するのはイラン、ロシア、中国であり、反政府軍を支援するのは欧米諸国やサウジアラビアだ。シリアの内戦とは反米国家と親米国家の代理戦争ともいえる。トルコが親米から反米、つまりロシアと協調するようになれば、中断していたロシアからトルコ経由で欧州へ資源を送るガスパイプライン計画が実現する。そうなればアメリカは、ユーラシアにおける力も資源も失うという結果になりかねない。そんな状況下でトルコにクーデターが起きれば、それは中央情報局(CIA)に管理されたトルコの工作員によるものだと見る人がいるのも当然かもしれない。

いずれにしてもトルコはロシアにとって第二の天然ガス輸入国であり、ロシアの国営原子力企業はトルコに発電所を建設する事業を受注するなど、前向きな関係維持に両国の経済の将来がかかっている。クーデターは未遂に終わったが、親米国トルコの外交政策が変化していることは間違いなく、今後どのような圧力が西側からトルコにかけられるか注視したい。