アメリカ大統領選は接戦としながらもメディアは民主党候補クリントン氏の優勢を伝え、投票日前日でもクリントン氏の当選確率は約90%だと報じた。しかし開票されると選ばれたのはトランプ氏だった。
クリントン氏に約7億円を献金した富豪のジョージ・ソロス氏は、投票の数日前に(一般投票ではトランプ氏が票を集めても)選挙人投票ではクリントン氏が勝つと語っていた。ニューズウィーク誌のパートナー企業Topix社は、ニューズウィーク特集版としてヒラリー・クリントン氏を女性大統領として表紙に掲載した雑誌を開票結果が出る前に書店へ出荷していたという。
日本では、読売新聞国際部が編さんした『ヒラリー、女性大統領の登場』という本を中央公論社から刊行予定で、投開票日前から複数のインターネット書店のホームページで告知されていたというのだから驚く。そして安倍政権は環太平洋連携協定(TPP)離脱を宣言していたトランプ氏が大統領と決まっても衆院本会議でTPPを強行採決した。日本以外のTPP参加国で国内手続きを終えた国などなく、米国が離脱すればTPPが発効されることもないため、クリントン氏が大統領に選ばれる前提で審議を進めていたとしか思えない。
トランプ氏の勝利で明らかになったのは、マスメディアがどのような予測をしていようと米国の有権者は報道を信じていなかったということ、一方でニューヨークやカリフォルニアのような大都市に住む人々は予測通りクリントン氏に投票したということだ。ハリウッドスターやテレビキャスターの中には白人優越主義者によって国が乗っ取られた、米国から脱出する、という人々もいるが、こうした批判はトランプ氏への信頼を揺るがせ、アメリカを分断させるプロパガンダともいえる。
トランプ氏を選んだのは人種差別主義者の白人だけではない。トランプ氏に投票した空洞化が進んだ州の浮動票層は、前回2度の選挙では黒人のオバマ大統領を選んでいる。支配層の経済、政治、メディアにうんざりした人々であり、仕事が低賃金国へ移転され、億万長者たちは連邦所得税を納めず、自分の子供たちに大学教育を受けさせる余裕がない生活にうんざりした人々なのだ。
トランプ氏の下でアメリカがどう変わるかは未知数だ。“チェンジ”を連呼したオバマ大統領の例を出すまでもなく、政治家は選挙に当選するためにうそをつく。トランプ氏は銀行にハイリスク投資を禁じるため、「グラス・スティーガル法」の再制定を公約している。グラス・スティーガル法は銀行が証券業務にのめりこんだために金融危機が起きたという大恐慌の反省から1933年にできた銀行業と証券業を分離する法律だが、1999年にクリントン政権が廃止している。
ウォール街からみるとこの復活は大銀行の解体、そして収益を失うことにつながり、ウォール街から献金を得ているクリントン氏にはできないことだが、億万長者のトランプ氏には可能である。彼は大統領になっても給料は受け取らないとさえ言っている。マスメディアはこれからもトランプ氏のネガティブな報道を続けるだろうが、今までの財界ひも付きの大統領とは違うということを、われわれは理解しておく必要がある。