No. 1226 富裕層優遇の米国

ベルリンの壁の崩壊から間もなく30年になる。ヨーロッパでの冷戦終結から遅れて、トランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長が非核化に向けた合意文書に署名したことで、東アジアでもようやく冷戦の終結に向けて動き始めた。

その一方で、米国内では富裕層1%と残りの国民99%が分断され、冷戦状態にある。トランプ氏が民主党のクリントン氏に勝利したのは、それまでの政治に不満を持っていた白人労働者階級の支持を受けたためであり、ブルーカラーや農家が大半を占める地域でトランプ氏は勝利を収め、特にイリノイ、インディアナ、ミシガンなど過去40年間にわたり民主党が勝利していた数州がトランプ氏支持に転じた。かつて製造業で繁栄していたこれらの州は、企業がコスト削減から次々と製造拠点を海外に移転し、労働者たちが失業して貧困層へと転落していった地域である。

富裕層を優遇することで米国社会を分断させた政界や財界に対して、米国の若者たちが抗議運動を起こしたことがあった。2011年9月、「ウォール街を占拠せよ:Occupy Wall street」と呼ばれる一連の抗議運動がニューヨークで始まり、99%である若者たちが、政府による金融機関救済への批判、富裕層への優遇措置への批判などを、1%の政界、財界に対して行ったのだが、それもわずか数カ月で沈静化した。

この抗議運動が何も結果をもたらさなかったことは、さらに格差を広げるトランプ政権に異議を唱える動きがみられない原因の一つだろう。実際トランプ政権は法人税の減税、個人の所得税も最高税率を下げ、富裕層にかかる相続税は廃止、キャピタルゲイン税も減税と、富裕層を手厚く保護することで富裕層の優遇を続け格差を拡大させている。

若者が抗議運動をしない別の理由について、米国の臨床心理士ブルール・レヴィーン氏は、1%が支配するテクノロジーによるものだと指摘する。インターネット中毒になった若者たちはスマートフォンやラップトップから目を 離すことができない。学校でも街角や喫茶店でも若者たちはお互いを 見ることなくテレビより強い習慣性を持つスマートフォンの画面にくぎづけなのだ。これが、社会を変えるような、組織化された方法で効果的な活動を起こすのに必要な連帯や協調を阻止しているというのである。

米国では1960年代に市民運動が最も活発だったが、グローバル化が進み労働者が厳しい競争を強いられるようになるにつれて国民は分断され、連帯や団結、そして運動そのものが過去のものとなっていった。これに消費社会やメディアによる洗脳が加わり、国民の政治に対する意識はますます希薄になった。この点において全く日本も同じである。失業や貧困に対する国民の怒りや憎しみは、そのために本来向かうべき政府ではなく、マイノリティーへの差別やいじめという形になってより強く表れるのだろう。