米国と中国の間で貿易戦争が始まっている。7月6日から米国は、膨大な貿易赤字を抱える中国に対して25%の追加関税を課し、中国政府も報復としてそれに相当する年間約340億ドル(約3兆8千億円)の米国製品に25%の追加関税を課す制裁措置を発動したのである。
米国が課税したのは、中国が知的財産権を侵害したとして、同国から輸入する情報通信機器や自動車で、一方の中国は、トランプ大統領への支持票が多かった農業州の産品を中心に545品目を課税対象とした。中国はWTOのルールに違反しているのは米国であり、世界各国と共に自由貿易体制を守ると反論している。
米国1強という世界体制が揺らぎはじめて久しい。6月のG7サミットに続き、7月にブリュッセルで開かれたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議でも、米欧間の貿易摩擦問題がありながらNATO加盟国への国防費引き上げを求めるトランプ大統領に対して、欧州側から米国への不快感が浮き彫りにされた。交渉においてはまず最初に相手国を挑発するというのがトランプ大統領のやり方なのかもしれないが、自分本位で身勝手な振る舞いは米国の常とう手段といえよう。
中国への貿易赤字が膨らんだ理由の一つは、米国が生産拠点を移転したためである。工場がなくなったことで米国人労働者は職を失い、米国製造業は競争力を失った。米ドルが貿易における基軸通貨であったため、世界の国々は米ドルを保有し、余剰ドルで米国債を購入した。つまり借金漬けの米国を支えたのは米国債を通して資金援助した日本や中国など、米国債を大量に保有する国々だったのだ。
しかしその中国が、人民元の基軸通貨化という米ドルに代わる世界貿易の仕組みを採用し始めた。米ドルが基軸通貨の強みを失えばドルの錬金術も終わる。トランプ大統領が中国に高率の関税をかけ、またNATO諸国に国防費引き上げ、つまり米国製の兵器を購入しろと迫るのは、貿易と財政赤字を改善する手段として米国にはそれくらいしか方法がないからかもしれない。
しかしこの貿易戦争で米国に勝ち目があるとは思えない。中国はまず農産物を対象として、次の段階の報復関税として原油、ガス、石炭なども対象に据えると発表している。米国の原油輸出の2割は中国向けであり、中国は米国産に代わり多少品質が落ちてもより安い価格でイランなどから原油を輸入することができるが、米国にとって中国に代わる輸出相手国は簡単には見つからないはずだ。
世界で第1と第2の経済大国の貿易戦争の行く末は分からないが、一党独裁の政府によって経済が運営されている中国は少なくとも政治面で米国よりも被害は少なく、より長期的にマイナスの影響に耐えられるであろう。この貿易戦争が軍事的な大戦に発展することはないが、米国による保護主義政策は、皮肉にも米国経済、特に雇用に損害を与え、世界経済は新しい局面に突入していくだろう。