数年前から世界の国々で高額紙幣の廃止や、現金そのものを廃止するという議論が沸き起こっている。インドでは2016年、政府が突然千ルピー紙幣と500ルピー紙幣の廃止を宣言した。決済の9割以上が現金のインド社会が混乱したのも当然である。
現金そのものを廃止する「キャッシュレス社会」への動きとしては、スウェーデンでは現金での支払いはもはや全決済の2%で、残りはカードや電子モバイル決済になっている。CapgeminiとBNP Paribasの調査によると、2020年には現金決済は0.5%まで減少するという。
この現状にスウェーデン中央銀行総裁は警鐘を鳴らした。キャッシュレス社会になれば一握りの民間企業がスウェーデンの決済を全て掌握し、経済危機でも起きれば支払い基盤が揺らいでしまう。またデジタル決済サービスへのアクセスがない人やそれを拒む人に対しては、民間企業の電子マネーではなく、現金に代わる電子通貨「eクローナ」を政府が発行しなければならない。
スウェーデンのキャッシュレス化は2012年、Swishというモバイル決済から始まった。人口約1千万人のうち520万人がこのアプリを利用している。音楽ストリーミングサービスのSpotifyやP2P技術を通話の領域に応用したSkypeを開発したのもスウェーデン人であり、高いIT技術がその背景にある。
スウェーデンではウエアラブル端末の上を行く、身体にマイクロチップを埋め込む技術も導入され、機械に手をかざすだけで電車に乗れたりオフィスに入ることができるというコネクテッド・ボディー(インターネットに接続された人体)が現実のものとなっている。それでもスウェーデン中央銀行は技術面での懸念から、電子通貨を価値の安定した法定通貨として採用するには至っていない。
利用者側もキャッシュレス化には及び腰だ。6月にイギリスのオンライン会社Paysafeが発表した、米、英、カナダ、独、オーストリアの消費者の決済動向に関する調査結果によれば、87%の消費者は買い物にまだ現金を使っており、41%は今話題の現金に代わるものに興味は無いと回答したという。
米国では現金の受け取りを拒否するレストランが増えてきているが、銀行口座を持たない低所得者層や個人情報の漏えいを嫌いカード払いを避けたい人のために、ワシントンDCでは小売店に現金の受け取りを義務付ける法案を議員が提出した。スマートフォンによる電子決済サービスが普及している中国でも、7月に、中国人民銀行が人民元の現金受け取り拒否を原則として認めないとする公告を発表している。
今の決済システムのままだと、銀行や決済業者は取引内容を把握でき、政府はこれまでにないほどの力で国民をコントロールできる可能性がある。電子決済は利便性から世界中で普及した。サービス提供者はさらにキャッシュレス社会への移行をもくろむが、個人の自由を守り、かつ安全が保証されるまでそれはあってはならない。