No. 1239 カショギ氏殺害事件から

10月初め、サウジアラビア人ジャーナリストのジャマール・カショギ氏がトルコのサウジ総領事館を訪問した後、総領事館内で殺害される事件が起きた。

トルコの警察によれば、カショギ氏を殺害するためにサウジから暗殺チームがイスタンブール入りして残忍な方法で殺害し、その後トルコを出国したという。サウジは毎年多数の死刑執行が行われ、公衆の面前で斬首が行われている国である。刑罰も残虐で、非人道的なムチ打ちや、複数の罪では手足の切断も科される。カショギ氏も同じような方法で殺害されたが、その首謀者はカショギ氏が批判的な記事を書いてきたサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子だという。

カショギ氏殺害についてさまざまな臆測がなされているが、メディアが報じないのは米国とサウジの関係である。カショギ氏はサウジから米国に亡命しており、サウジと米国は経済、金融、安全保障の面で緊密な関係にある。石油は世界のほとんどの国で最も必要とされる商品である。米国は石油を買うための決済をドルで行うようにサウジに求め、その代わりに軍事力によるサウジの支配体制の保護を約束した。

このドル基軸通貨体制が米国の覇権を支えてきたのであり、イラク戦争はフセインが石油決済をドルからユーロに変えたことが原因の一つにあることは周知の事実である。  イラクだけでなくイラン、リビア、ベネズエラもドル取引に反対し、米国に攻撃されるか、またはただ無視されてきたが、近年、中国、ロシア、EUでもドル以外の通貨による石油取引が拡大してきた。もしこれにサウジが加われば米国の基軸通貨特権は 終わりを迎える。

サルマン皇太子は33歳にしてすでにサウジの軍事、外交、経済において絶大な力を持ち、昨年は王族の一部を含む国内エリート層を汚職容疑で一掃した。2016 年にサウジ経済を石油依存から脱却することを目指す長期経済計画「ビジョン2030」を発表し、消費電力の全てを再生可能エネルギーで賄う5千億ドル規模の巨大都市も計画している。トランプ大統領とも強い関係を築いていると言われていた。現在82歳の国王が亡くなれば、後継者としてサルマン皇太子はサウジを率いていくだろう。

サウジの死刑制度は世界で最も厳しく、人口当たりの死刑執行数は世界最多で斬首、拷問、公開処刑、女性差別など諸外国からは人権侵害を非難されてきたが、中国などには人権問題について非難する米国は、サウジに対して批判をすることはなかった。その米国のCIAがカショギ氏殺害の責任者として皇太子を名指ししたのである。

米国にとってサウジは安全保障を約束する見返りに石油の安定供給、ドル建て取引、そして兵器を大量に買ってくれる間は同盟国でも、それが終われば皇太子はもはや友人ではない。米国にあるのは利害関係だけなのだ。永遠の友人も永遠の敵もなく、モラルも原則もない。米国の同盟国を自認する日本はこれをよく覚えておく必要がある。