No. 1270 高度経済成長時代の日本

ワシントン・コンセンサスという言葉がある。ワシントンにある米国政府と国際通貨基金(IMF)および世界銀行との間の合意事項で、債務に苦しむ途上国が行うべき一連の経済改革のことである。

民営化、規制緩和、貿易や金利の自由化、緊縮財政などを行うことを条件に米ドルで融資を行うというものだが、それで債務が減り国民生活が改善された国はない。1990年代の旧ソ連や、タイ、韓国、インドネシアなど、経済改革により企業破綻や失業が増加するなど、国内経済はより悪化した。ワシントンが押し付けた新自由主義によって実際に成長を遂げた国はなかったのである。

ワシントンの新自由主義とは逆に、国家が経済政策を管理することで経済成長を遂げたのが中国である。毛沢東氏の後に中国共産党主席となった鄧小平氏は「先富論」という基本原則の政策を実施した。大都市や経済特区に海外からの資本投資を受け入れて先に豊かにし、その後で富裕層が貧困層を助ける、という考え方である。社会主義でありながらこの原則のもと資本主義を取り入れ、中国沿岸部の経済特区に海外企業を誘致して安い労働力を武器に世界の製造工場として経済発展を実現したのだ。

中国の新聞「チャイナデイリー」に鄧小平氏についての興味深い記事があった。氏がこの国家戦略に至ったのは、「中日平和友好条約」が締結された1978年の訪日だったという。日本の新幹線や松下電器(現パナソニック)の工場を見学し、近代化を遂げた日本のようになることを決意したというのだ。敗戦からわずか三十余年で経済を発展させた日本に中国の未来を重ね、改革・開放を国策にしたのであろう。

中国は2010年、GDPで日本を追い抜き世界第2位の経済大国となった。家電や自動車だけでなく、AIや5G通信網などのハイテク分野でも政府主導の官民一体体制で産業振興を行い、中国版標準の確立を目指してきた。米国が強い危機感を持つのも無理はない。同盟国に対して安全保障を理由に5G通信網構築に中国のファーウェイを締め出すよう圧力をかけてきたが、ドイツは排除しないことを表明した。ファーウェイを排除すれば5G網の整備が遅れ、コストも割高になってしまうからである。

鄧小平氏が感銘を受けた高度経済成長時代の日本は、企業は欧米から技術を導入し積極的に設備投資や技術革新を行っていた。国民の高い貯蓄率のもとに集められた預金は銀行を通して企業の資金に回され、設備投資資金に充てられた。農村から都市へ流れる勤勉で優秀な労働力があり、終身雇用・年功型賃金により民間企業で協調的な労使関係が形成された。しかし日本はこうしたやり方を捨て、ワシントンの圧力に屈して新自由主義を採用し、失われた30年と呼ばれる衰退をたどっている。高度経済成長時代のやり方を取り戻すか、または新たな道を選ぶのか。衰退する米国との道連れだけは避けなければならない。