米国のテクノロジー業界は中国に依存している。例えば米アップル社は中国に生産拠点を置き、年間売り上げの5分の1を中国市場から得ている。中国メーカーであるファーウェイとの競争激化に直面するアップル社にとって、コロナ禍からいち早く回復した中国は重要な市場なのだ。
しかしトランプ大統領は米中関係を悪化させる政策を次々に打ち出している。7月末、中国の動画投稿アプリTikTokを米国内で使用禁止とすることを発表し、TikTokを運営する中国バイトダンス社に90日以内に米国事業を売却するよう求めた。さらに中国テンセント社が運営するインスタントメッセンジャーアプリWeChatに対しても同様の大統領令を発動した。
理由は、これらのモバイルアプリから米国ユーザーのデータが中国政府に渡る恐れがあるからだという。しかしそれで思い出すのは2014年、中国が米マイクロソフト社のWindows8を中国政府内で使用禁止にしたことだ。OSに組み込まれたバックドアから情報が米国のNSA(国家安全保障局)に傍受されるというドイツ政府の公式発表をもとに中国は米国製品を禁止した。
CIAは冷戦時代、米コピーメーカーと協力して在米ソ連大使館の機密文書を盗み見していたくらいだから、中国製品を禁止するのは、自分がしていることは中国もするに違いないと考えているからかもしれない。米国がファーウェイを排除したい理由も同じで、米国企業へならCIAやNSAへアクセス便宜を図るために機器にバックドアを設置するよう強制できるが、ファーウェイにはそれができないからだ。
TikTokはマーケティングに役立つ個人情報を収集しているが、米国のGoogle、Facebook、Twitterなども行っていることだ。米国がしていることを中国がするのは許せない、だからTikTokを禁じるか、米国企業に売却するかのいずれかを迫ったのである。
WeChatはスマートフォンでテキストや音声メッセージなどを送信でき、中国ではデフォルトのコミュニケーションツールである。主要オンライン決済システムの一つでもあり、買い物だけでなくWeChatを使えば即座に手数料なしで送金もでき、リアルタイムのGPS位置共有機能もある。しかしWeChatも米国政府は検閲して個人データを共有することはできないのだ。
WeChatの禁止に対してアップル、ディズニー、ゴールドマン・サックスなどの多国籍企業は中国における自社業務に影響が出るとして懸念している。一方でテンセント社が米国市場を失っても米国からの売り上げは全体の1%にすぎない。TikTok事業買収に関してはマイクロソフト社以外の米IT企業も食指を動かしており、交渉の焦点はそのAI技術とソースコードの公開となり、米国がそれを要求すれば交渉は破談するだろう。
こうした米国に対して中国政府は「強盗の論理と政治的な私欲による暴力的な強奪だ」と非難している。日本政府からも米国に同調してTikTok禁止という声が出ているが、個人情報の取り扱いに不審な点があるのは米国製品も同じであることを忘れてはならないだろう。