嘘の上に築かれた国-米国はいかにして豊かになったか(パート4e)
by Larry Romanoff
そして、「コピー・オリンピック」の優勝者は:
今日の米国の豊かさに大きく貢献した、米国の歴史書が軽視しているもう一つの要因がある。現在、米国政府や企業は、中国が米国の製品やアイデアをコピーしているとか、米国の知的財産(IP)を尊重していないなどと非難するプロパガンダを大量に流しているが、米国人は誰かが製品をコピーしたり、知的財産を盗んだりしても、それを批判する立場にない。なぜなら米国人は200年以上もの間、知的財産権の盗用や製品の海賊行為の世界的な達人だったからだ。
米国の企業は、国の存続期間中、ヨーロッパで作られたものを無償で自由にコピーしてきた。ただコピーするだけではなく、米国政府は外国製品に対してあり得ないほど高い関税障壁を設け、ヨーロッパのオリジナルは米国では高値で売れないようにし、一方で米国内の模倣品 のメーカーは繁栄するようにした。米国政府は外国の技術を盗んでコピーすることができた人に一生分の収入に匹敵するほどの高額な報酬を提供することもあった。たとえばイギリスの産業を1世紀にわたって支えた布を織る機械がそうだった。偉大な米国人であるトーマス・ジェファーソンが駐仏大使だった頃、彼は輸出や外国人への販売が禁止されていた「奇跡の米」をイタリアから盗み出して密輸することを企てた。ジェファーソンは勇敢な男だった。外交特権を持っていたにもかかわらず、盗みは捕まれば死刑だったからだ。これはほとんどすべてに言えることだった。多くのイギリス人作家は、輸入規制と高い関税のために自分の人気のある著作物を米国で売ることができないと絶望していた。しかし実際に米国に行くと自分の作品があちこちの店で売られているのを見て、驚きを隠せなかった。チャールズ・ディケンズは米国での自分の作品の海賊版の多さを知り米国人を泥棒と非難する本を書いたが、その本はすぐに海賊版が作られ米国のあらゆるところで販売された。
200年の間、米国はあらゆる国のあらゆる個人や企業のIP、特許、著作権も無視してきた。米国人がコピーをやめたのは比較的最近のことで、それはコピーするものがほとんどなくなったからである。しかし米国の企業がようやく自分たちでデザインや製品を作れるようになった今、彼らは突然「宗教に目覚め」、神聖ぶって独占欲が強くなり、自分たちが長い間自由にやっていたことと全く同じことを他人に非難するようになったのである。米国人は選んで記憶をしているようで、自分の罪は忘れてしまうが他人の罪は覚えていられるようだ。ある米国人コラムニストは、ハリウッド映画を制作しているのがヨーロッパやアジアであれば米国はすぐにロイヤリティを支払うことなく、また知的財産権を認めることなく、自国で複製する方法を見つけるだろうと書いている。現在でも、米国が他国の著作権や特許権の主張を無視して、欲しいものは何でも自由にコピーしていることを示す十分な証拠がある。
スティーブン・ミームは、『A Nation of Outlaws {22}』という素晴らしい本を書いているが、その中で、200年間にわたる米国の特許・著作権の侵害と、広範囲にわたる知的財産の窃盗について詳しく述べている。彼は、「無責任でいいかげんな商標」は、国家の発展における単なる段階であり、30年前の日本や今日の中国と同じように、米国が経験した段階であると鋭く洞察している。米国人が中国を非難するのは米国社会にはびこる道徳主義的なキリスト教の影響であり、彼らはそれほど遠くない昔に自分たちがしていたこと、そして今でもしていることで中国を非難しているのである。実際のところ米国は世界の歴史の中で最も盗みが横行している国であった。
米国が豊かな国になったもう一つの最大の理由は、2世紀以上にわたって、世界中の発明、レシピ、特許、プロセスの多く、あるいはほとんどをコピーしたり、盗んだり、力ずくで奪ったりしながら、合理的で公正な条件での輸入を認めなかったからである。その結果米国とその企業は世界を犠牲にして繁栄することができたのだ。米国の発明性や革新性には、誇れるものがほとんどない。現在の米国人でこのような国の歴史を知っている人はほとんどいない。なぜなら加害者のほとんどはすでに死んでしまっていて、歴史書からは、海賊行為、強制的な窃盗、汚い手口などの事実がきれいに削除され、米国の遺産の一部である海賊行為、強制的な窃盗、汚い手口などの事実がすべて洗い流されているからである。
米国のメディアは、中国が米国のソフトウェアをコピーしたり、ライセンスを受けていないものを使っていると非難してきたが、いくつかの主張が正しいことは間違いないものの、 米国は道徳が育つ土壌で他の国は盗人ばかりであるという図式は明らかに間違っている。ソフトウェアのコピーは、中国ではなく米国で生まれた。北米の企業や政府の間では、非正規の商用ソフトウェアが常に広く使用されていたことを私は証言できる。マイクロソフトをはじめとする多くの企業は、米国政府や米軍の多くの部門でもこの問題を抱えている。そして、あらゆる規模の米国企業が、ライセンス料を支払わずに何万本もの非正規ソフトウェアをインストールしている。米国のメディアはこれらの話を無視して中国のことを書きたがる。多くの事例の一つに2013年11月、Apptricityという米国企業が、自社のソフトウェアを非正規にコピーしてインストールしたとして、米国政府に約2億5000万ドルの訴訟を起こそうとした。Apptricityは米軍に部隊の位置や重要な任務の貨物を追跡するための物流ソフトウェアを提供している{23}。ライセンス料は、1台のサーバーにインストールするのに135万ドル、さらにこのソフトを使用するパソコン1台につき5,000ドルとなっている。しかし米国政府はこのソフトウェアを、Apptricity に内緒で、また必要なライセンス料を支払わずに、100台近いサーバーと1万台近い個人のパソコンにインストールし、10年以上もそれを続けていたようだ。同社の損失額は料金だけで2億5千万ドル近くにも上る。同社によれば、「他のあらゆる既知のテーマについてもそうだが米国人の道徳的優位性の宣言はすべて偽善に過ぎない」という。他に何か言うことはあるだろうか?
さらに言えば米国人は他人の発明を自分の手柄だと主張することを恥じることはない。何百もの例があるが、現在の例は、米国人が非常に誇りに思っている軍事用ステルス航空機であり、彼らは自分たちの優れた革新能力の証拠として繰り返し言及している。しかし、ステルス技術は米国人がドイツから盗んだものの一つに過ぎない。第二次世界大戦の終わりに米軍は他の連合軍に先駆けてベルリンに到着し、時間をかけずにあらゆる商業・軍事機密をドイツから略奪した。連合国軍がベルリンに到着するまでに、米軍と政府は科学と物理学、原子力エネルギー、無数の商業特許とプロセス、そしてドイツ軍のステルス航空機技術の研究に関する1600トン以上の文書を梱包して本国に持ち帰っていた。現在の米国のステルス機は、胴体の形状や構成、コーティング、エンジンの配置など、すべて70年前にドイツ人が設計・発明したものを事実上コピーしたものだ。もちろんエンジンは現代のもので異なっているがすべての科学技術とノウハウのほとんどはドイツから盗んだものなのである。
同様に、F-86セイバージェットは、ドイツの空力研究から盗んだ設計原理で作られた。この名機が何年も世界速度記録を保持していることを米国人が自慢できたのは米国人の発明ではなく、ドイツ人のIPによるものだった。また、現在の米国の航空機技術の多くは、この種の航空機としては初の超音速機であったカナダのAvro Arrowから引き継がれている。今日、多くの米国人がこの技術の一部は米国のものだと主張しているが、実際には当時のカナダ人は風洞を持たず、米国で空力試験を行う契約をしていたため、米国人がそれをすべてコピーし、盗んだのである。
アメリカの宇宙開発は、ドイツから盗んだ情報と、戦後に何千人ものドイツ人(その多くは戦争犯罪人)を輸入したことで生まれた。ヴェルナー・フォン・ブラウンをはじめとするドイツのミサイル技術を発明した数多くの人々が、ロケットやミサイルに関するあらゆる知識を持って米国に連れてこられ、米国を宇宙に進出させる手助けをしたのである。ドイツから盗んだ技術やノウハウがなければ米国はこのような偉業を成し遂げることは絶対にできなかったであろう。米国の発明性は、ほとんどが米国のプロパガンダ機関によって作られた好戦的愛国主義(ジンゴイズム)な神話なのである。
第一次世界大戦後も 米国はドイツに 同じことをした。ベルサイユ条約に定められた降伏条件の一環として、ドイツは、布地から印刷インク、ロケットやミサイル、戦車や車両に至るまで、あらゆる商業・軍事分野の特許をすべて米国に譲渡することを余儀なくされたのだ。それまでにドイツが知っていたこと、設計したこと、作ったことの多くは米軍と米国の商業企業に明け渡された。バイエル社のアスピリンなど、数え切れないほどのドイツの特許がアメリカに没収された。この軍事力によるコピーと盗みは、どこの国も経験したことのないほどの大規模なものだった。米国は旧ソ連崩壊後も同じように、旧ソ連の衛星国に戦友として近づいたが、あらゆるもの、特に軍事的価値のあるものを略奪することを目的としていた。
別のカテゴリーの例としては、スイスの製薬会社、ホフマン・ラロッシュ社が特許を取得した、インフルエンザの感染を抑制する抗ウイルス剤「タミフル」がある。タミフルの有効成分は、中国でしか育たないスターアニスから抽出されたもので、中国では数千年前から中国伝統医学(TCM)の処方として使われていた。その製薬の特許は多くの人にとって不満だった。なぜなら中国に入り込み、中国の漢方薬をコピーし、その世界における権利を主張したからである。現在、風邪の治療に広く使われている植物性の薬であるエフェドリンも同様で、中国では何世紀も前から一般的に使われており、西洋に伝わったのはごく最近のことだったが現在では西洋の製薬会社が特許を取得している。
コカ・コーラ(Coca-Cola)は、もともと「コーラ・コカ」(Kola Coca)と呼ばれ、140年以上前にスペインの小さな町で発明された。世界で最も売れている清涼飲料水の製法の生みの親は、その所有権と数十億ドルのお金を騙し取られたのだ{24}。その製法は当時、秘密にされていたが、瞬く間に世界的に有名な製品となり、国際的アワード を何十回も受賞した。不幸にも創業者の一人であるバウティスタ・アパリチはフィラデルフィアで開催された見本市に参加した際、偶然出会った米国人にサンプルと製法の簡単な説明を渡してしまった。しばらくして米国の薬剤師ジョン・ペンバートンが「コカ・コーラ」と名前を変え、製品と製法の特許を取得した。米国政府はスペインの特許を認めることを拒否したのである。公式なストーリーではこの飲み物は「1886年5月8日、ジョージア州アトランタでジョン・スミス・ペンバートン博士によって発明された」とされており、当時はコカ(Coca)の葉とコーラ(Kola)の実の抽出物を含んでいたためにコカコーラ(Coca Kola)と名付けられたが、会社の帳簿係が2つの「C」があった方が広告に映えると考えて名前をCoca-Cola変えたとされている。これらはいずれも事実ではない。この飲み物は確かにコーラナッツとコカの葉から作られていたが、新しい名前はペンバートンがオリジナルの製法を盗んで特許を取った後、差別化を図るための安易な試みだった。ペンバートンが研究室でコーラの秘密の製法を発明したという話は、すべてでっち上げのナンセンスな話であり、会社のウェブサイトでは、この飲み物の初期の歴史を刷り込み、真実が知られないように巧妙に設計されている。『Beverage World』誌は、コカ・コーラの100周年(アメリカ)を記念して特別号を発行し、コカ・コーラを「確固たるアイデアから生まれ、クリエイティブな思考と大胆な意思決定、そして常に多くの古き良き時代の勤勉さによって過去1世紀にわたって育まれてきた、完全に米国の製品」と主張した。それは当然だ。「これが米国のやり方なのだ」。とんでもない。コカ・コーラは米国人が盗んで特許を取得し、米国特有の「法の支配」の定義の下で運営される裁判所の完全な保護を受けている何百もの製品のうちの1つなのだ。
ナイキもまたコカ・コーラと同様に知的財産権の盗用に基づき、米国政府と司法制度から同じように恩恵を受けている、過去が塗りつぶされた米国の有名ブランドだ。公表されているナイキの宣伝文句は、ビル・バウワーマンとフィル・ナイトが、車のトランクからスポーツシューズを売ってぼろ儲けし、最終的には何十億もの収益を上げたというストーリーで、それは彼らが革新的で、創造的で、機知に富み、起業家精神に富んだ米国人だったからだ、というものだ。しかし、実は彼らは、日本の企業から大人気商品を盗み、自分たちの名前で販売した泥棒だった。その経緯を紹介する。ビル・バウワーマンがコーチを務めていたオレゴン大学で、フィル・ナイトはランナーとして活躍していた。共に、より質の高いランニングシューズを探していた。働かずに暮らす方法を探して日本を巡っていたナイトは、当時米国で販売されていたものよりはるかに優れたランニングシューズ「オニツカタイガー」に出会ったのだ。大胆な行動力とランニングの知識以外に何の資格もないナイトは、スポーツシューズの輸入を検討している米国の大手企業の代表者をかたり、オニツカ社 の幹部を納得させたのである。ナイトとバウワーマンは、借金をして8,000ドルの注文をしたがすぐに売り切れてしまい、それが繰り返された。
2人はオニツカのデザインを自分たちのデザインとして販売を始め、最終的にはその利益と信用でオニツカのデザインをコピーして米国で製造するようになった。オニツカの重役が米国のナイキ社をサプライズで訪れたとき、倉庫にある自分の会社のデザインに米国のブランド名が付いているのを見て驚いたという。当然、大規模な裁判となり、常にフェアプレーに徹し、法の支配に忠実である米国の裁判所は、ナイトとバウワーマンには何の罪もなく、両社は特許、IP、ブランドを「共有」できるという判決を下したのである{25}。米国の裁判所が責任と倫理感を持ってその役目を果たしていればナイキは一瞬にして消滅していたことは間違いない。なぜならナイキがあったのはオニツカのスタイルが人気を博していたからである。オニツカの人気がなければナイトとバウワーマンは他に売るものがなく、適切な判決が下されていれば彼らは貧困に陥っていただろう。この話は典型的なもので、米国の裁判所が米国人に不利な判決を下し、外国人に有利な判決を下した例はほとんどなく、その逆の例をわずかに挙げても、米国人に有利な判決を下した圧倒的に数にかき消されてしまうだろう。ナイキの簡略化されたストーリーにはたいていオニツカについて言及されていないか、言及されていたとしても関係が「悪化し始めた」とか「最終的には解消された」というだけで、具体的な内容は一切書かれていない。この話には詳細がたくさんあるが、本質はナイキがオニツカの素晴らしいデザインと製造を単純にコピーして盗み、米国政府と裁判所がそれを保護したということなのだ。
米国の企業は常にヨーロッパやアジアから盗んでいたわけではなく、時にはお互いに盗んでいた。もし、ビル・ゲイツがアップルから「ウィンドウズ」と「マウス」のコンセプトを直接盗んでいなかったら、またアップル社が最終的に敗訴するまで訴訟費用を支払うだけの十分な資金的裏付けがなかったら、今のマイクロソフトはほんの一握りの企業に過ぎなかったかもしれない。コダックやポラロイドは米国の企業だがそのIPはほとんどドイツのものだった。IPの盗用がなければ、何世代も前に消滅していたかもしれない。インテルもドイツの半導体研究から多大な恩恵を受けていると思う。ボーイングのような米国の航空機メーカーもドイツから盗んだ知的財産のおかげで成り立っているのではないだろうか。興味深いことに、米国の自動車メーカーはファッション・アクセサリーを売るのに夢中で外国のIPを盗むことなど、手遅れになるまで考えもしなかった。同様に、IBMは米国初のコンピュータを発明したと広く信じられているが、それも事実ではない。IBMは、パブリックドメインにあった米国政府の職員ヘルマン・ホレリス博士の発明を取り上げ、たくさんの特許で覆い隠した。それは供給を制限し、価格をコントロールすることで競争を破壊するためだった。米司法省は、その略奪的な行為に対する一種の勲章としてIBMを「国際的なモンスター」と呼ぶ報告書を発表した。これは立派な経歴ではない。いずれにしてもIBMがデジタルコンピュータを発見するずっと前から、ドイツでは機能するデジタルコンピュータが作られていたことは他でも知られている。このような話は何十もある。米国人に崇拝され、米国の起業家精神やイノベーションの証拠として、また米国が世界のビジネスチャンスの発祥地であることの証明として使われる米国企業の話だ。しかし、そのほとんどすべてが事実上米国企業が他社の製品、特許、プロセス、知的財産を単に盗み、国内の裁判所によって制裁から守られたという、嘘の上に成り立った物語なのである。今の米国人が他国の企業がIPを盗んだと非難するのは極端に洗練された偽善なのだ。
今日、中国のことで偽善的に騒いでいるが米国は依然として世界で最もひどい知的財産権の侵害者の一つであり、米国企業に有利な独自のルールを作り、他国の知的財産権の法律や慣行を頑なに無視している。米国人は多かれ少なかれブランド広告を発明し、自分たちのブランドを非常に大切にしている。他の国で生まれた有名な名前、製品、独自のプロセスの全カテゴリがあり、それらは世界の他の96%の国では完全に保護されているにもかかわらず米国人はそれを認めようとしない。これらは見落としではない。米国政府は、どのような知的財産を尊重し、どのような知的財産を無視するかについて独自のルールを意図的に設定しており、そのルールは常に米国企業のみに利益をもたらすように設計されている。米国の政治的・商業的イデオロギーに合わない知的財産は、単純に無視される。これらの名称や製法は100年以上前から、すべての先進国とほとんどの未開発国の法律や条約によって保護されてきたが、例外は1世紀以上前からの再三の要請にもかかわらず、断固として署名を拒否している米国である。フランスのシャンパン、コニャック、ブルゴーニュワイン、ローヌワイン、シャブリワイン、イタリアのキャンティ、ポルトガルのポート、マデイラ、スペインのシェリー、ハンガリーのトカイなど。また、日本の神戸牛やイタリアのパルメザンチーズ、そしてもちろんバージンオリーブオイルも含まれている。このような特殊な登録著作権は600以上あり米国は自国の企業が国際的な著作権法に違反して、有名な名前を使って不法に利益を得ることを許可している。シャンパンは、フランスと国際法により、フランスのシャンパーニュ地方で特定の方法で生産されたワインにのみ適用される名称であるとされている。しかし、米国ではそうではない。米国のワインメーカーは、自国の主張する基準や国際法に明らかに違反している米国産の「シャンパン」を嬉々として販売しているのである。一方で、フロリダ産ではない製品に「フロリダオレンジジュース」と印刷すると、米国の法律が全面的に適用される。ヨーロッパのワインやチーズの特許は米国では通用しない。米国人は偽善者以外何者でもない。
世界で最も有名なチーズのひとつがイタリアのパルマ地方で作られるパルミジャーノ(パルメザン)である。このチーズ、牛、原材料、製法、プロセス、さらには動物のエサに至るまで、イタリアと国際法の両方で、特許化、商標化され、登録・保護されているが米国は例外である。米国の企業は、このチーズの哀れなほど標準以下のバージョンを製造してそのようなものではないのに「オリジナル」として販売し、その違反行為は自国の政府によって保護されている。そして実際米国で売られているチーズのほとんどは粗悪品で、チーズが全く含まれていないものも多い。ブルームバーグが最近行ったすりおろしチーズの調査では、クラフトを含む多くのブランドのチーズにセルロースが多く含まれてた(木でできたチーズ)。クラフト社の対応はこうだ。 クラフト社のスポークスマンであるマイケル・ミューレン氏は、「当社は製品の品質にこだわり続けています」と述べた。
それはいいことだけど、マイケル、チーズに含まれる木について説明してくれないだろうか?あるいは、セルロースも品質へのこだわりの一部なのか?セルロースの含有量が高いチーズを製造しているある会社は、「当社のチーズにはセルロースが含まれていないと強く信じている」と述べた。”強く信じる”とはどういう意味なのだろうか。チーズを作ったのはあなたなのだから、何が入っているかわからないはずがない。宗教のように信仰があなたを救ってくれるわけではない。セルロースの含有量が多かった別の会社は、「検査が誤検出だったのではないか」と述べた。ペンシルバニア州にキャッスルチーズという会社があり、30年間偽物のチーズを販売していたが米国食品医薬品局(FDA)につかまり、その「イタリアン・パルメザン」が実はアメリカのイミテーションチーズであることが判明した。米国の木から採ったセルロースや、他の安い偽物のアメリカのチーズから採ったゴミのような皮や切り落としを含んでいた しかし、全米チーズ協会は、「私たちの乳製品の健全性は、私たちの物語の大切な一部である」というのだ。そう、あるメディアの報道によると、信じられないことに、「(米国の)パルメザンチーズのサプライヤーはもっと安いチェダーチーズを使用する代わりに、木材パルプから作られた『 多すぎるセルロース』を充填することで製品のラベルを偽っていた」と書かれている。「多すぎる」セルロース?私はゼロより多いものはすべて多すぎると思うのだが、ここは米国、事情が違うのだろう。というわけで、アイダホ州の木から採った木材パルプを使ってウィスコンシン州で作られたイタリア産純正パルメザンチーズ。IP問題はない。また、中国のような食品偽装もない。
オリーブオイルは世界の食文化の一つで、南ヨーロッパや中東で何世紀にもわたって生産され、最高の製品を生み出すことが証明されている。私たちが「バージン・オリーブオイル」や「エキストラ・バージン・オリーブオイル」と呼んでいる最も価値のあるオイルは、特殊な方法でオリーブの実を優しく低温圧搾して作られる。この「一番搾り」から流れてくるオイルはどちらかというと厚みがあり、濃い緑色をしていて最も香りと味がよく、最も健康的なオイルである。その後の圧搾では、より薄くだんだんと色も 薄い油ができ、さらに蒸気を使って一滴残らず搾り出すと、さらに薄くなり、色も中程度から薄い黄色になり、最終的にはほとんど透明になる。搾るたびに価値が下がっていくので、「バージン・オリーブオイル」と名乗るものはかなりのプレミアがつく。
しかし米国はここでも独自のルールがある。古いヨーロッパのやり方では効率が悪いということで、米国人は独自のオイルの抽出方法を考案したが、どれも国際的な基準を満たしていない。さらに米国産のオリーブは、オリーブに適していない気候で育っているため黄色のオイルしかできず、ヨーロッパ産の最高のオイルのような魅力的な色や香り、健康上の効果はない。そこで米国はオリーブオイルに「色は関係ない」「自分たちの製法は他より優れている」というプロパガンダを展開し、「バージン」でも「オリーブ」でもない規格外の油を自由に販売し、それにはしばしば劣悪な残り物の植物油や種子油がブレンドされている。その結果、ヨーロッパや中東で「バージン・オリーブオイル」を購入すればバージン・オリーブオイルが手に入るが、米国では粗悪で規格外の偽物を買っている、ということしかわからない。米国の生産者は、多くの人々が「色は関係ない」という宣伝文句を信じようとしないことを認識しているためオリーブオイルを深緑色のガラス瓶に入れている。何を買ったのか分からないようにするためだ。米国の言い分はバージンオイルと同じ濃い緑色のガラスは日光の害からオイルを守るためだという。食用油やサラダ油は通常、暗い台所の戸棚に保管され、まぶしい太陽の光にさらされた駐車場に放置されることはほとんどないため実際には日光からの保護は必要ない。しかし米国では事情が違うのかもしれない。
これは重要なテーマなので、私のではないが次のような意見がある。この部分は、何年か前にあるウェブサイトから記事をコピーしたもので、今となっては出典がわからない。記事のタイトルは「知っておきたいオリーブオイルのこと」で、内容は以下の通りである。
オリーブオイルは、栄養素と抗酸化物質がたっぷり含まれているため、最も健康的な食用油の1つである。数多くの研究により、オリーブが病気を予防し、健康を促進する能力があることが証明されている。オリーブオイルは他の植物油と同じように中華料理の炒め物に使うことができる。炒め物には安価なグレード(色が薄い)のものを使い、高価な油を炒め物のためだけに無駄にしないようにするのがよいだろう。
新鮮なオリーブを木から摘み取った後、容器に入れて、熱を加えずに短時間でしっかりと圧力をかける。その最初のオイルが “バージン・オリーブオイル “である。 色は一般的に緑色で、濃い方が良いとされている。「エキストラ・バージン・オイルは酸度が低くバージン・オイルの中でも最も優れた味と香りを持っている。オリーブの実から油分を取り除くために、圧搾回数を増やしたり、熱や熱湯、蒸気、さらには化学溶剤を使ったりすると、色は緑から黄色、白へと薄くなり、味や香りも全くなくなってしまう。ヨーロッパのオリーブオイルの搾油方法は、安価に大量生産することを目的とした米国の遠心分離機による搾油方法よりも優れている。しかし米国の出版物は米国の方法を擁護し、他の方法を低く見ている。米国のオリーブオイルは、ほとんどの場合、大豆やヘーゼルナッツなどの安価なオイルと違法にブレンドされているか、あるいは熟しすぎたオリーブや腐ったオリーブから作られた著しく規格外のものである。また、白色や淡黄色のオイルは、パセリやその他の緑の野菜を潰した汁で着色されていることが多く、色を濃い緑色にすることでより高価なグレードのオイルに見せかけているのだ。また、エキストラ・バージン・オリーブオイルの需要が高まるにつれ、生産者やマーケティング担当者は、品質の悪いオリーブオイルをエキストラ・バージンと表示するようになった。最近の米国の調査では、いわゆる「バージン」や「エキストラバージン」のオリーブオイルの70%が偽物だったという。いずれにしても、米国は国際オリーブオイル評議会に加盟していないため、ラベルや品質表示に関する規制はない。米国産の場合、自動車油が合法的に瓶詰めされ、「エキストラバージン」と表示することもできるのだ。
オリーブが栽培されているヨーロッパの国々以外では、オリーブオイルに関する正確な情報を得ることは困難である。インターネットで公開されている情報のほとんどは米国で作られたもので、カリフォルニアで栽培されたオリーブを使った米国産に有利なものばかりだ。しかし、カリフォルニアのオリーブはヨーロッパのものと同じ種類ではないし同じ気候条件で栽培されているわけでもない。ヨーロッパのオイルは味も香りもフルーティーな傾向があり、フランスのワインがそれらの点で優れているのと同じである。しかし米国人はその違いを軽視し米国のオイルの特徴をアピールする。例えば、オイルの味や香りは、色が濃いほど良くなる傾向があるが、 米国のオリーブは黄色っぽい色のオイルしかできないので米国の出版物には、色は品質や味の指標にならないと書かれている。米国のスーパーで売られているオリーブオイルのブランドの大半は、オリーブ生産者ではなく、生産者から直接オイルを入手しているとは限らない仲買人からオイルを入手している企業家のものである。さらに、カリフォルニア大学のオリーブセンターのような米国のオリーブオイル検査機関は、カリフォルニアのオリーブオイル会社が密かに出資しているため地元のオイルを宣伝することに偏っているという深刻な問題もある。私自身のコメントを付け加えれば、中国では良いオリーブオイルをほとんど見かけない。中国のスーパーで売られているオリーブオイルのほとんどは、ヨーロッパから安く仕入れた無色透明で味のない残り物のオイルで、値段も安くない。これは商品を正しく判断する経験を持たない中国の消費者を、外国企業が利用している一つの例に過ぎないのだ。
米国人が恥を知らないことを証明するために、2014年初頭にこのような記事がでた。ワシントン・ポスト紙に掲載された記事によると、米国の買い物客はヨーロッパのブランドのオリーブオイルを選ぶ傾向があり、それはヨーロッパの方がより本物だと思っているからだという。そしてもちろんそれは純粋なオリーブオイルであることは間違いない。しかし米国の生産者は、「同じ土俵」で競争することができず、持ち前の競争力と道徳的優位性にもかかわらず、主に低品質と広範な不純物の混入により規格外の製品が3%の市場シェアしか獲得できないことを知ったため米国政府に対して、外国産のオイルが本当のバージンオイルではないという理由で輸入規制を行うことを積極的に要求している。彼らは、米国産オイルが合格し、欧州産オイルが不合格となるような「強制的品質管理」と呼ばれる法律の制定を政府に要求している。もちろん、米国の政治家の多くは選挙活動や生活のための資金をどこでどのように調達するかを知っているため、それを熱心に支援している。北カリフォルニアの農家であるダグ・ラマルファ氏は、輸入オリーブオイルには「エキストラ・バージン」ではなく「エキストラ・ランシッド」(酸化した)と表示すべきだと発言している。民主主義と資本主義の最たるものだが、ヨーロッパのオリーブオイルに対抗するというカリフォルニアの野望はまだ実現していない。
ピスタチオについても、同様の状況が長い間続いていた。何世代にもわたってイランはピスタチオの最大の生産国だったし米国のマーケティング・レトリックにもかかわらず今もそうである。米国は自らを世界最大のピスタチオ生産国と宣伝しているが実際はそうではない。少なくとも私が統計を取った最新の2011年以前はそうではなかった。実際、それ以前のほとんどの年では、イランの生産量は他の国の合計と同等かそれ以上であった。2004年には、イランは世界のピスタチオ果樹園面積の約75%を占め、輸出量は米国の2倍であった。ピスタチオは中東やアジアが原産で何千年も前から栽培されており米国は100年前から主にイランから全て輸入していた。カリフォルニア州では1800年代半ばに初めてこのナッツの木が植えられたが、オリーブオイルよりも成功しなかった。このような状況は1980年頃まで続いたが、米商務省が親切心からイラン産ピスタチオの輸入を全面的に禁止したため、米国人は自由貿易の名の下に規格外の国産ナッツを購入せざるを得なくなったのである。この禁輸措置は、一時的に解除された後、再び15年間にわたって実施され、一時的に撤廃された後イランが「悪の枢軸」の一員となってからは永久措置とされた。イラン産ナッツを全面的に禁止することは、カリフォルニアのピスタチオ産業にとって必要な後押しとなった。米国はヨーロッパ諸国を脅して禁輸に追随させ、イラン産ピスタチオが米国市場に出回らないのは 「高い食品安全基準」のおかげだと自慢したが、これは全くの嘘だった。イラン産ピスタチオを排除できた主な要因はそれ以外にも320%の関税にあり、これがなければ米国人の生産コストよりもはるかに安い価格でイラン産ピスタチオを米国で販売することができたのである。
かつてピスタチオは、手や衣服につきやすい粉末状の食用色素を使ってきれいな赤色に染められていたことを覚えている人は少ないかもしれないが、クリスマスには赤、緑、白の3色に染められたピスタチオを見かけることがある。米国のマーケティング・マシンは、イランがピスタチオを染めたのはイランの原始的で後進的な収穫方法のために、ピスタチオの外皮に美味しくない斑点状の汚れがあり、それを染めることで自分たちの罪をカバーしたからだと言う。この告発には何の証拠もないが、カリフォルニアではピーカンナッツが大量に生産されている。ピーカンナッツの殻は自然な斑点があるが米国人は何世代にもわたってその醜い外見を隠すために漂白したり染めたりしてきたし、今でもそうしている。愛国心が強く、勤勉で、神を敬う米国人がピーカンを染めるのは、民主主義のために世界を安全にすると同時に、近代的な農業のベストプラクティスを採用しているに過ぎないが、イランがピスタチオを染めるのは、原始的で非キリスト教徒だからこそやる欺瞞に満ちた行為だというのだ。米国人にはうんざりする。
米国のピスタチオ販売会社は中国で大々的に活動し、愛国心、ジンゴイズム、虚偽の主張、欺瞞的なマーケティングを駆使して3級品の製品を宣伝している。地元メディアは視聴者にミス(おバカな)カリフォルニアが米国の作物のプロモ―ションに杭州に出向いてきたと報じた。米国はピスタチオの世界最大の生産者であり(これは嘘)と米国のナッツは化学的に処理または漂白されていないと述べたがこれもまた嘘である。米国で生産されている食品で、様々な有害化学物質や農薬を使用していないものはないだろう。ピスタチオはKFCのケミカルチキンと同じくらい疑わしい。米国人や輸入業者は、「米国産のピスタチオはサイズが大きく、小さいものでも東南アジア産のものより大きい」と、まるでサイズが関係あるかのように自慢した。考える人にとって唯一の重要な要素は味である。米国産のピスタチオがイランやギリシャ産のピスタチオと比較できないのは、米国産のオリーブオイルがイタリア産のオリーブオイルと比較できないのと同じなのだ。そして、この米国産のピスタチオは「本物で、米国のものと全く同じ味です」と言ったが、そうなると他の国のピスタチオは偽物であるかのように思えてくる。米国産のピスタチオと「同じ味」というのは、笑っていいのか泣いていいのかわからなかった。米国産のピスタチオは、イラン産を食べたことがある人なら誰でも知っているように、ほとんど味がなく、動物の飼料にしか適していない。米国の農産物には特筆すべき味のものはほとんどない。多くの中国人が米国製品やその他の製品の優越性についての全く誤った主張を愚かにも素朴に信じてしまうのは痛ましいことだ。
Notes:
{22} https://www.boston.com/news/globe/ideas/articles/2007/08/26/a_nation_of_outlaws/
{24} https://www.moonofshanghai.com/2020/07/a-few-historical-frauds-july-11-2020.html
{25} https://www.sneakerfreaker.com/features/which-came-first-nikes-cortez-or-onitsuka-tigers-corsair
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https://www.moonofshanghai.com/2021/11/en-larry-romanoff-nations-built-on-lies_23.html