No. 1420 Make Nazism Great Again

Make Nazism Great Again ナチズムを再び偉大にする

最終目標はロシアの政権交代であり、ウクライナはゲームの駒に過ぎない。悪く言えば、単なる大砲の餌食に過ぎない。

by Pepe Escobar

https://www.strategic-culture.org (March 24 2022)

https://www.unz.com (March 24 2022)

マリウポルに注目が集まっている。水曜日の夜の時点で、住宅地の70%以上がドネツクとロシアの軍隊の支配下にあり、一方でロシア海兵隊、ドネツクの第107大隊、そしてカリスマ的なアダム・デリムハノフ率いるチェチェン・スペツナズが、ネオナチ・アゾフ大隊の本部であるアゾフ・スタル工場に侵入したのである。

アゾフには最後通告が送られた。真夜中までに降伏するか、さもなければ、皆殺しで地獄行きだ。

これはウクライナの戦場が大きく変わることを意味する。マリウポルはついに徹底的に脱ナチス化されようとしているからだ。市民を人間の盾として使うアゾフ部隊は、長い間この街に根を張り、最も強固な戦闘力を持っていた。

一方、「嘘の帝国」が発する響きはこのゲームのほとんどすべてを物語っていた。米国は、ウクライナの和平案を促進する意図はまったくない。コメディアンのゼレンスキーが時間稼ぎをするのもそのためだ。最終目標はロシアの政権交代であり、そのためにはロシアとロシア的なものすべてに対する全面戦争が正当化される。ウクライナはこのゲームの駒、悪く言えば単なる大砲の餌食  に過ぎない。

これはまた、過去8年間のドンバスでの14,000人の死は、例外主義者が直接の原因であるということを意味している。あらゆるウクライナのネオナチは、シリアの「穏健派反乱分子」と同様に、アルカイダ系であれダーイッシュ系であれ、使い捨てにされる存在だ。最終的に生き残る可能性のある者は、CIAが後援するネオナチ協会(1980年代のアフガニスタンにおけるジハード協会の陰惨なリミックス)にいつでも参加することができる。彼らは適切に「調整」されるだろう。

簡単なネオナチの再録

今になっては2014年のマイダンを知らないのはNATO諸国の、多くの能天気な人々だけである。しかし、ディナモ・キエフを応援するセクト82のサッカーフーリガンから1万2000人の準軍事組織を具体化する許可を出したのが、元ハリコフ州知事のアルセン・アヴァコフ内相(当時)だったことを知る者は少ない。それが、2014年5月に誕生した、ネオナチ集団「ウクライナの愛国者」の元リーダーで別名「白い総統」のアンドリー・ビレツキー率いるアゾフ大隊である。

ビレツキーは、NATOの工作員ドミトリー・ヤロシュとともにプラヴィ・セクトールを設立し、資金援助を行ったのはウクライナ・マフィアのゴッドファーザーでユダヤ人大富豪のイホ・コロモイスキーだった(彼は後にゼレンスキーが平凡なコメディアンから平凡な大統領に変身する際に資金援助をした)。

プラヴィ・セクトールは狂信的なEU反対派で、(EU委員長のウルズラ・フォン・デア・ライエンに言っておいて)中央ヨーロッパとバルト諸国を新たなインターマリウム(かつてのポーランド=リトアニア共和国構成国の政治家によって何度も提言されてきた地理的計画)でつなぐことを政治的に執着していた。極めて重要なことは、プラヴィ・セクトールやナチス・ギャングたちは、NATOの教官から正規の訓練を受けていたことである。

ビレツキーとヤロシュはもちろん、第二次世界大戦中の悪名高いナチス協力者ステパン・バンデラの弟子であり、彼らにとって純粋なウクライナ人は原始ゲルマン人またはスカンジナビア人で、スラブ人は劣等人種なのである。

アゾフは最終的にウクライナのネオナチグループのほとんどを吸収し、ドンバス戦に派遣された。彼らの信奉者は正規の兵士よりも多くの金を稼ぐようになった。ビレツキーともう一人のネオナチ指導者であるオレフ・ペトレンコが議会に選出された。白い総統は独り立ちした。ペトレンコは当時の大統領ポロシェンコを支持することにした。やがてアゾフ大隊はアゾフ連隊としてウクライナ国家警備隊に編入された。

彼らは西ヨーロッパ、北欧、さらには南米からも傭兵を集め始めた。

これはフランスとドイツが保証した(現在は事実上破棄された)ミンスク合意で厳しく禁じられていた。アゾフは若者のためのトレーニングキャンプを設置し、すぐにメンバーは1万人に達した。米国の民間軍事会社ブラックウォーターのエリック・プリンスは、「アカデミ」に改名して2020年にアゾフを管理する契約をウクライナ軍と結んだ。

自称ナチのヤロシをウクライナ軍総司令官ヴァレリー・ザルジニ将軍の顧問に任命するようゼレンスキー(ちなみに二人ともウクライナ系ユダヤ人)に提案したのは、他ならぬマイダンの時に米国務次官補だったビクトリア・ヌーランドだ。目的はドンバスとクリミアへの電撃戦を組織することで、ロシア対外情報庁(SVR)が2月22日に開始すると結論づけたのと同じ電撃戦で、「Z作戦」の開始を推進するものである。

これらのことは、簡単にふりかえると、ウクライナでは白人のネオナチと茶色のアルカイダ/ISIS/ダーイシュの間に違いがないことを示している。ネオナチが「キリスト教」であるように、タクリ・サラフィーのジハーディストが「イスラム教」であるように。

プーチンが「キエフでネオナチの集団が政権をとっている」と糾弾すると、コメディアン(ゼレンスキー)は「ユダヤ人だからありえない」と言い返した。これはナンセンスだ。ゼレンスキーと彼のパトロンであるコロモイスキーは、実際上シオナチ(Zio-Nazi)なのである。

米国政府の各部門がキエフの組織にネオナチが定着していることを認めても{1}、例外主義者たちは、8年間にわたるドンバスへの毎日の砲撃の事実を、あっさりと消去した。何千人もの民間人の犠牲者は存在しなかったのだ。

米国の主要メディアは、アゾフやエイダルのネオナチについての奇妙な記事や報道を行ったこともあった。しかしその後、「ウクライナにナチスはいない」というネオ・オーウェル的なシナリオが定着した。CIAの下部組織である全米民主化基金(NED)は、エイダルのメンバーを訓練した記録{2}を削除し始めたほどである。

最近、くだらないニュースネットワークは、ナチが訓練し、武装化したアゾフ司令官のビデオ(ナチスの図像入り)を正式に宣伝した。

なぜ「非ナチ化」に意味があるのか

バンデラスタン思想は、ウクライナのこの地域がオーストリア・ハンガリー帝国、ロシア帝国、ポーランドに支配されていた時代に遡る。ステパン・バンデラは1909年、オーストリア・ハンガリー帝国のガリシア王国(当時)のイワノフランキフスク近郊で生まれた。

第一次世界大戦はヨーロッパ帝国を解体し、しばしば存続不可能な小さな存在に変貌させた。西ウクライナという帝国の交差点では、必然的に極めて不寛容なイデオロギーの拡散を招いた。

バンデラスタンのイデオローグたちは、1941年のナチスの到来を機に利益を得たので独立を宣言しようした。しかし、ベルリンはそれを阻止しただけでなく、彼らを強制収容所送りにした。しかし1944年、ナチスは戦術を変えた。バンデラニスタを解放し、ウクライナ・ソビエト連邦を不安定にさせる勢力にしたのである。

だから、ナチズムとバンダラスタン狂信者は全く同じではない。事実、競合するイデオロギーなのだ。マイダン以降に起こったことは、CIAが、道具にできるならどんな反主流派であっても利用し、ロシアへの憎悪を扇動することに焦点を当て続けたということである。つまりウクライナは、控えめに言って「白人ナショナリズム」のケースではなく、反ロシア的なウクライナのナショナリズムが、ナチス風の敬礼とナチス風のシンボルによって実践的に顕在化したケースなのだ。

だからプーチンやロシア指導部がウクライナのナチズムに言及するとき、概念的には100%正しくないかもしれないが、それはすべてのロシア人の心に響くのだ。ロシア人は直感的にナチズムを拒絶する。大祖国戦争で命を落とした先祖が、事実上すべてのロシア人家庭にいることを考えれば。戦時中の心理からすれば、「ウクライナ・ナチズム」、あるいは端的に言えば「非ナチ化」キャンペーンを語ることは全く理にかなっている。

アングロ人はいかにしてナチスを愛したか

米国政府がウクライナのネオナチを公然と応援していることは1933年に勢力均衡の観点から英国とともにヒトラーを支持したことを考えれば、目新しいことではない。

1933年、ルーズベルトはヒトラーに10億ドルの金貨を貸し、イギリスは20億ドルの金貨を貸した。これは今の不換紙幣のドルの200倍に相当する。英米はロシアに対する防波堤としてドイツを強化しようとした。1941年、ルーズベルトはヒトラーに、もしロシアに侵攻したら米国はロシア側につくと書き送った。そしてスターリンには、ドイツに攻め込んだら米国はドイツを支援すると書き送った。マッキンゼー流のパワーバランスの図式である。

イギリスはスターリン率いるロシアの台頭に強い危機感を抱いていた。一方のドイツは1933年、出稼ぎのドイツ人も含めると失業率50%という屈辱的な状況に陥っていた。ロイド・ジョージでさえも、第一次世界大戦で降伏したドイツを耐え難いほど弱体化させたヴェルサイユ条約には疑問を抱いていた。ロイド・ジョージの世界観では、第一次世界大戦の目的はロシアとドイツを一緒に滅ぼすことであった。ドイツはイギリスを脅かし、カイザーは海を支配するために艦隊を建造していた。ツァーリはインドに接近しすぎていた。しばらくの間、ブリタニアは勝利し、波を支配し続けた。

そして、ロシアと戦うためにドイツを強化することが最優先となり、歴史の書き換えが行われた。例えば、オーストリア系ドイツ人とスデーテンランド系ドイツ人のドイツへの統合は、イギリスによって完全に承認された。

しかし、そこにポーランド問題が発生した。ドイツがポーランドに侵攻した時、フランスとイギリスは傍観していた。侵攻によりドイツはロシアの国境に位置したため、ドイツとロシアはポーランドを分割した。それこそ英仏の思うつぼだった。イギリスとフランスは、ポーランドが東からドイツと戦う間に、西からドイツに侵攻するとポーランドに約束していたのだ。

結局、ポーランド人はまんまと騙されたのだった。チャーチルは、ポーランドに侵攻したロシアを賞賛さえした。ヒトラーはMI6から、英仏はポーランドに侵攻しない、独ソ戦の計画の一部であるとの忠告を受けていた。ヒトラーは『我が闘争』の中でイギリスについて肯定的に語っていたため、1920年代からMI6から資金援助を受けていた。MI6は事実上、ヒトラーにロシアへの侵攻を促したのである。

話を2022年にすると、また同じことが始まった。英米は、軟弱なショルツの下で、ドイツが持っていない1000億ユーロで軍事的に立て直すことを奨励し、後にロシアと戦争するためにヨーロッパの軍隊を刷新するという茶番劇が起きたのである。

そして英米のメディアによるロシアと中国の戦略的パートナーシップに関するロシア恐怖症のヒステリーが始まった。英米の致命的な恐怖は、マッキンダー/マハン/スパイクマン/キッシンジャー/ブレジンスキーが一体となったものである。ロシアと中国が競合する双子としてユーラシア大陸を支配する、一帯一路構想と大ユーラシア・パートナーシップ、その結果、世界を支配し、米国は以前の「ブリタニアの支配」同様、取るに足らない島に追いやられるのである。

イギリス、フランス、そして後に米国は、ドイツが同じ志を持って英仏海峡から太平洋まで日本と肩を並べてユーラシア大陸を支配しようとしたとき、これを阻止した。今は状況がまったく違う。

哀れなネオナチ集団のいるウクライナは、ワシントンから見れば、完全に平和なドイツ・ロシア・中国の新シルクロードという忌まわしいものを阻止するための必死の努力の、使い捨ての駒に過ぎない。

ロシア恐怖症は西洋のDNAに大量に刷り込まれ、決して消えることはない。イギリス人はエカテリーナ二世(ロシア皇帝)によって、その後、グレート・ゲーム(中央アジアの覇権をめぐる大英帝国とロシア帝国の戦略的抗争)でさらに培われた。フランス人はナポレオン以降、ドイツ人にとってはベルリンを解放したのは赤軍だった。米国人にとってはスターリンによってヨーロッパの地図を強制的に書き換えさせられたためだ。そして冷戦の間中、それはずっと続いてきた。

私たちは、滅びゆく帝国が歴史の流れを止めようとする最後の試練の初期段階にいるのだ。彼らは裏をかかれ、世界一の軍事力をすでに失い、牽制されることになるだろう。実存的に、彼らには熊を殺す能力はないし、宇宙的に痛ましいことになる。

Links:

{1} https://consortiumnews.com/2015/06/12/u-s-house-admits-nazi-role-in-ukraine/

{2} https://twitter.com/RT_com/status/1505982577924087831

_____

Make Nazism Great Again

https://www.unz.com/pescobar/make-nazism-great-again/