米国はいかにしてウクライナ戦争に敗れたか
by Ted Rall
欧米の制裁措置の影響で、将来の歴史家はウクライナ紛争をロシアの純然たる敗北と見なすかもしれない。しかし軍事的な戦いそのものはロシアが勝っている。
米国やヨーロッパの報道を見ていると、どうしてそうなるのかと思うかもしれない。それは戦争の目的だ。ロシアにはそれがある。それが達成可能だからだ。
米国にはそれがない。
ワシントンポストは報じている:
ウクライナ戦争が3カ月目を迎えるなか、バイデン政権は戦場の変化に対応しNATOの結束を強調する一連の公的目標を維持しようとしている。その一方で、ウクライナが何をもって勝利とするかを決めるとしてもロシアが負けることは明らかである。しかしロシアの敗北の輪郭は、ウクライナの勝利と同じくらい曖昧なままである。
戦争の目的とは、軍事衝突の一方の側がその終結時に達成したいことである。
それは2種類ある。
戦争目的の一つ目のタイプは一般大衆向けのプロパガンダである。あからさまな戦争目的は、ウッドロウ・ウィルソン大統領が「世界を民主主義のために安全にする」ために第一次世界大戦に参戦するようアメリカ人に求めたように(その意味がどうであれ)曖昧な場合もあれば、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が枢軸国に「無条件降伏」を要求したように具体的な場合もある。指標は具体的で測定しやすいほうがより良い。
隠れた戦争の目的は、政治的、軍事的指導者が本当に追い求めている目標である。隠れた戦争の目的は現実的でなければならない。例えば、朝鮮戦争の勃発を苛立ちの種と見ていたという長年の通説に反して、ジョセフ・スターリンは1950年に北朝鮮が韓国を侵略することを承認し、支持した。彼は北朝鮮が領土を獲得することなど気にも留めなかった。彼は、アジアでの米国の地位を低下させ、ヨーロッパでの冷戦から目をそらすような紛争に米国を引きずり込もうとしたのである。ソ連の支配者は、最終的な結果がどうであれ、自分が勝ったのだと思いながら死んでいった。
戦争の目的を公にするのは国内の支持を集めるためである。これは代理戦争(ウクライナ)や選んだ戦争(イラク)を戦う場合に特に必要である。しかし、軍や政治の指導者が勝利とはどのようなものかを自分たち自身に対してでさえ定義できないようでは、戦争に勝つことはできない。
米国の最大の軍事的失敗は、第一次目標が転化した後に起こった。ベトナム戦争では、当初は南ベトナム政府の転覆を阻止し、社会主義の蔓延いういわゆるドミノ理論を防ぐことを第一目標として発表され、実際に行われた。そして米国は開戦時に亡くなった兵士の死を無駄にしたくなかった。最後には、目的は戦争捕虜の無事な帰還になった。ジャングルにいた兵士やペンタゴンの戦略家が繰り返し証言しているのは、いつの間にか誰も我々がなぜそこにいるのかわからなくなった、ということだった。
2002年以降のアフガニスタンでも戦争の目的は変化し続けた。アルカイダ打倒からオサマ・ビンラディン逮捕、インフラ整備、民主主義の確立、治安改善、隣国パキスタンへの空爆拠点としての利用など終わりの見えない展開は拡大した。2009年まで、国防総省は自分たちが何を達成しようとしているのか、明確に示すことができなかった。結局、米国は何もしなかったが、人気のないアフガニスタンの傀儡政権の必然的な敗北と崩壊を食い止めた。
勝つためには明確な戦争目標が不可欠である。故コリン・パウエル将軍は、ベトナムでの経験を踏まえ、「軍事行動の成功は、強い国内政治的支援を受け、十分な兵力を必要とし、明確な軍事・政治目標から始まり、迅速に撤退する」というドクトリンを掲げ、第一次湾岸戦争で米軍を勝利に導いた。サダム・フセイン軍がクウェートから撤退した後、ジョージ・H・W・ブッシュは、イラクに紛争を拡大しようとする顧問を無視した。アメリカの使命は達成され、ブロードウェイで紙吹雪舞うパレードが行われ、終わりを告げた。
米国は、明確な戦争目的を宣言することなく、あるいはそれが何であるかを自ら知ることなく、外国の紛争にかかわることがあまりにも多い。韓国、ベトナム、アフガニスタン、イラクでは、戦争目的が不明確であったり変化したりしたため、際限なくエスカレーションし、その後、国内での疲労、民意の低下、そして敗北につながった。イエメンやシリアの代理戦争への関与も永遠に続く戦争のような性格を持っている。しかし米国の有権者は、その犠牲が自分たちの息子や娘ではなく、納税者のドルである限り、あまり関心を示さないだろう。
私は2001年に「我々はいかにしてアフガニスタンで敗れたか」というタイトルの文章を書いた。米国がタリバンを倒したばかりだったことを考えると、生意気な反論だった。しかし私はアフガニスタン戦争をアフガニスタンの視点から見ていたので、主要メディアは間違っていて、私が正しかった。ウクライナでも同じような状況が展開されていると思う。私たちは文化的な偏見に惑わされ、ロシアの視点を理解することができない。米国が戦争の目的を明確にできないのは傲慢さからきている。自分たちはとても豊かで強力だから、たとえ戦略が中途半端で、戦争が行われている地球の反対側の政治を理解していなくても、誰にでも勝つことができると考えているのだ。
ジョー・バイデン大統領のウクライナへのアプローチは、こう集約できる:この紛争にもっと資金と武器を投入し、それが助けになることを願おう。
これは戦略ではない。祈りだ。
バイデンは、ウクライナを主権国家として維持し、その領土を守りたいと言っている。 しかし、どの程度の領土なのか?どの程度の主権があるのだろうか?バイデンはドンバスの分離独立した共和国の継続的な自治を受け入れるのだろうか?ホワイトハウスは、ロシア軍をウクライナ東部から追放する試みを支持することによってエスカレートすることを望んでいないようだ。ましてやクリミアでは、ロシア系住民が支配する住民に歓迎されている。核戦争の危険を冒さなくても、米国の立場が最終的にもたらすであろう結果は、韓国のように西部と東部に分割されることだろう。ウクライナが分割されれば、国境線に問題が生じ、ウクライナは独立国としてNATOに加盟することはできなくなる。
ロシアの第一の要求は、ウクライナがNATOに加盟しないことだ。もし米国の目的が、プーチン大統領がウクライナに侵攻した最大の理由を解決することだとしたら、なぜ米国は関与するのだろうか。敵対勢力に合わせた戦争目的は、戦うのではなく、和平交渉の理由になる。
ロイド・オースティン国防長官は最近、ウクライナ戦争の第二の目的を追加した。「ロシアがウクライナに侵攻したようなことができない程度に弱体化することを望んでいる」。どの程度まで弱体化させるのか?破綻国家に転落させるのか?軽い迷惑をかけるていどなのか?この政策は危険なだけでなく、明確な目的を定義することさえできていない。
一方、ロシアは同盟の自治共和国を手に入れ、彼らを守る緩衝地帯を作り上げた。クリミアはロシアに編入されたままである。ウクライナのNATO加盟は、当初は絵空事であったが、今や単なる熱狂的な夢になった。米国と異なり、ロシアは目的を宣言し、重要なことを達成したのである。