日本の岸田首相、ロシアの油膜を踏む
by M K Bhadrakumar
ニコライ・パトルシェフ ロシア安全保障会議議長が火曜日、ロシア極東のハバロフスクで開かれた国家安全保障に関する会議で、日本が千島列島の返還計画を強化していると警告を発したことで、過去4か月間のウクライナ戦争のモスクワと日本の間の緊張度が高まった。
パトルシェフ氏の言葉を引用すると、
極東地域の領土における国境状況は、米国とその同盟国が北極圏とアジア太平洋地域における軍事的プレゼンスを高め、新たな軍事ブロックを形成することによって千島列島に関する日本の復帰願望を活性化するという条件の下で作られている。
ロシアは歴史的に日本の「失地回復」主義の犠牲者であった。日本が真珠湾を奇襲したことは世界的に知られているが、おそらくほとんどの人は、その36年前の1904年2月8日に旅順港を拠点とするロシア太平洋艦隊に対して日本が行った同様の攻撃が日露戦争の引き金になったことを知らないだろう。ちなみにこれも正式な宣戦布告を伴わない攻撃だった。日本政府は1902年の日英同盟で、日英のどちらかの国が戦争になった場合、軍事援助を行うことが義務づけられたことで余勢を駆ったのだ。日英同盟の相手はフランスとロシアだった。
パトルシェフは、極東の地政学が驚異的に変化していることを強調した。確かに、日露関係の悪化は驚きをもたらしている。過去10年間、千島をめぐる論争はともかく、日露両国は友好的で「準友好的」な関係で対処してきたのだから。
日本はウクライナのNATO加盟とは全く関係ないが、日本政府は日米条約にあわせワシントンの対ロ制裁を模倣して行動している。 特筆すべきは、日本政府が千島に関して寡黙な外交慣用句を捨てて、今ではロシアが「占領している」と呼んでいることだ。
日本の動機は不可解に見えるかもしれないが、推測することは難しくない。日本はウクライナでの戦争が極東に波及し、台湾をめぐる紛争が発生する可能性があると判断した。2つ目は、日本は米国がロシアの首を絞め、モスクワは弱体化してウクライナ紛争から手を引き、その結果、中国封じを目的としたインド太平洋戦略に有利な地域バランスに移行するだろうというワシントンのシナリオを信じたのである。
3つ目は、日本政府はNATOがインド太平洋戦域に進出するという考えを完全に信じている。NATOの支援によりロシアが弱体化すれば、日本は千島問題を優位な立場で処理できるようになると日本政府は計算しているのだろう。
4つ目は、岸田文雄首相の欧米主要国訪問と、G7、NATO首脳会議での発言は、日本をインド太平洋のキープレーヤーとして位置づけることを目指したものだった。ロシア・ウクライナ戦争と中国の「主張」は、4月から5月にかけての東南アジア5カ国訪問と6月のシンガポールでのシャングリラ会議での岸田の主要議題でもあった。
岸田はジャカルタで、ロシアの侵略と中国の東シナ海・南シナ海での10年にわたる「主張」との間に直接的なつながりを指摘した。「我々はウクライナ情勢、東シナ海・南シナ海、北朝鮮など、多くの課題に直面しており、ルールに基づく、自由で開かれた国際秩序の維持・強化がより重要になっている」と岸田は述べた。
東南アジアにおける日本の魅力は、互恵的な経済的関与、公正で透明なインフラストラクチャーへの資金提供、そして中国の影響力拡大に対抗する安全保障上の押えとしての可能性である。米国が主導する国際的な対ロ制裁キャンペーンに同調し、ウクライナ戦争に対してより積極的な姿勢に転じるよう消極的な東南アジア諸国を誘導する上で、日本はおそらく最大のチャンスになると米国は考えている。
一方、ロシアは遅ればせながら日本の非友好的な態度に反応し始めた。モスクワは千島列島の軍事力を強化し、新たな防空・沿岸防衛ミサイル砲台を設置した。北極海航路の開通により、千島列島の戦略的重要性は飛躍的に高まった。カムチャッカ半島の南側に位置する千島列島は、原子力潜水艦群や誘導弾・弾道ミサイル発射基地を抱えるロシアの戦略的拠点に近接している。ペトロパブロフスク・カムチャツキーにロシアの原子力潜水艦を配置するには、クレムリンが千島列島とサハリン島の軍事化プログラムを実施する必要がある。
一方、日本は、今日のロシアの国家安全保障態勢の特徴は、ロシアが首尾一貫してよく練られた補完的な戦略的理由により中国との「無制限」のパートナーシップを確保していることだと見ている。ウクライナ戦争がロシアと中国のパートナーシップを強固なものにしたことは間違いない。西側諸国との敵対関係を強めるロシアと中国との緊密なパートナーシップは互いに補完し合っている。岸田氏はこうしたことをすべて理解した上で、日中ロのトライアングルにおける「バランサー」としてロシアを誘い込むという前任の安倍晋三氏の戦略は、もはや通用しないと判断したのだろう。
パトルシェフ氏の鋭い発言は、モスクワが日本の非友好的な姿勢の変化を真剣に受け止めていることを東京に伝えるためである。モスクワは日本が最近NATOとの関係を強化していることに気づいている。NATOは、太平洋地域を含む世界全体におけるロシアの影響力を制限したいと考えている。モスクワは、日本が千島問題でより強い対応を取るようになったのは、米国の保護や支持があってのことだと理解している。
もちろん、モスクワが警戒を緩めることはないだろう。厳密に言えば、日本とロシアはまだ戦争状態にあるのだから。日本は1945年9月に連合国に降伏し、第二次世界大戦は終結したが、ロシアと日本は公式の平和条約を結んでいない。
3月に日本がロシアに経済制裁を加えた後、モスクワは東京との平和条約交渉を中断した。岸田はモスクワの決定を「極めて不合理であり、全く受け入れられない」とした。ロシアのユーリー・トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領特使は先月、モスクワは千島列島近海での漁業権を日本から剥奪すると発言した。
先週、プーチン大統領は、三井と三菱が22.5%の株式を保有する巨大なサハリン2石油・ガスプロジェクトの外国人持ち株の国有化に向けた一歩と思われる法令を発表した。 5ページの法令によると、外国人株主がコンソーシアムにとどまるべきかどうかはロシア政府次第である。
一方、最近のG7サミットで、東京がロシアの石油価格に上限を設けることを提唱した米国の提案を支持したことで、モスクワは背中を押された。火曜日にロシアのドミトリー・メドベージェフ前大統領は、もし日本が米国の動きを支持するならば、サハリン2プロジェクトから追い出され、ロシアの石油とガスの供給が断たれるだろうと厳しく警告した。メドベージェフ前大統領は、もしロシアの石油に価格上限が設定されれば、市場価格は1バレルあたり300ドルから400ドル!!の間に収まるだろうと予測している。
サハリン2は、日本にとってエネルギー需要を満たすために不可欠な存在である。サハリン2だけで日本のガス需要の約8%を満たしており、それを代替するために東京は、世界的にLNGの出荷競争が激しくなる、ロシアのガス価格の約6倍のスポット市場から購入する必要がある。その上、日本の参入はこの10年間でLNG市場を大幅に引き締めることになり、日本はヨーロッパと競争しなければならないだろう。
日本は石油とガスの需要の9割を輸入に頼っている。日本の通貨は過去20年間で最低の水準まで下落し、その結果、輸入代金は円換算で70%も跳ね上がった。これは日本がこれまでに経験したことのない深刻なエネルギー危機であり、経済に深刻な打撃を与える可能性がある。 エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが最近行った調査では、円安ドル高は2022年末まで続き、「インフレ率の上昇、個人消費の鈍化、企業投資の遅れは今年の日本の経済成長を制約するだろう」と推定している。
ロシアが日本への締め付けを強める中、岸田はプライスキャップ(上限規制)という手に余る企てをしているようだ。日本のトップクラスの専門家は、日本の政策の軌道の背後にある合理性を疑っている。もちろん、モスクワが石油やガスを地政学的な道具として器用に使っていることは疑う余地もない。サハリン2に関するクレムリンの布告は、少なくとも、ロシアを疎外すれば日本の重要な長期的利益を損ないかねないという警鐘を鳴らすことを意図している可能性がある。パトルシェフの発言はわずかその4日後だった。
Links:
{1} https://tass.com/politics/1475667
{2} https://www.ft.com/content/787d185a-d64b-4568-a181-93229e17d266
{3} https://www.nippon.com/en/news/yjj2022070500758/
{4} https://www.eiu.com/n/yen-weakness-undermines-japans-growth-outlook-in-2022/
{5} https://tass.com/economy/1476171