No. 1587 ウクライナでのグレート・ゲームは制御不能に陥っている

The great game in Ukraine is spinning out of control

by Jeffrey Sachs

米国の元国家安全保障顧問ズビグネフ・ブレジンスキーは、ウクライナを米国とロシアの力の中心となるユーラシアの「地政学的要衝」と表現したことで有名である{1}。今回の紛争でロシアは自国の安全保障上の重大な利益が損なわれたと考えており、ウクライナ戦争は核対決へと急速にエスカレートしつつある。米ロ両国は、災難に見舞われる前に自制することが急務である。

19世紀中頃から、西側諸国はクリミア、特に黒海の海軍力をめぐってロシアと争ってきた。クリミア戦争(1853年〜1856年)では、英仏がセヴァストポリを占領し、ロシアの海軍を黒海から一時的に追放した。今回の紛争は、要するに「第2次クリミア戦争」なのである。今回、米国主導の軍事同盟は、NATOをウクライナとグルジアに拡大し、NATO加盟国5カ国が黒海を包囲することを狙っている。

米国は、西半球の大国による侵攻を、米国の安全保障に対する直接的な脅威と見なしてきた。それは1823年のモンロー・ドクトリン{3}にまで遡る。

    したがって、我々は、米国とこれらの(ヨーロッパの)大国との間に存在する誠実で友好的な関係に対して、彼らのシステムをこの半球の一部に拡大しようとするいかなる試みも、我々の平和と安全にとって危険であるとみなすべきであると宣言する義務がある。

1961年、キューバの革命指導者フィデル・カストロがソ連に支援を求めたとき、米国はキューバに侵攻した。米国は、キューバがどの国とでも同盟を結ぶ「権利」があることはあまり眼中になかった。しかしこれは、ウクライナのNATO加盟の権利について米国が主張していることと同じである。1961年の米国の侵攻は失敗し、1962年にソ連はキューバに攻撃用核兵器を配備することを決定した。そして、ちょうど60年前の今月、キューバ・ミサイル危機が発生したのである。この危機は、世界を核戦争の瀬戸際に追いやった。

しかし、アメリカ大陸における自国の安全保障上の利益を重視する米国は、ロシア近隣におけるロシアの中核的な安全保障上の利益への侵害を止めることはなかった。ソ連が弱体化するにつれて、米国の政策指導者たちは、米軍は好きなように活動できると考えるようになった。1991年、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はウェスリー・クラーク将軍{4}に、米国は中東に軍事力を展開しても「ソ連は我々を止めないだろう」と説明した。米国の国家安全保障当局は、ソ連と同盟関係にある中東の政権を転覆させ、ロシアの安全保障上の利益を侵害することを決定したのである。

1990年、ドイツと米国はソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領に、ソ連が自らの軍事同盟であるワルシャワ条約を解体しても、NATOが東に拡大してソ連に取って代わる心配はないと保証した{5}。その上で、1990年のドイツ再統一にゴルバチョフから同意を得たのである。しかしソ連が崩壊すると、ビル・クリントン大統領はそれを反故してNATOの東方拡大を支援した。

ロシアのエリツィン大統領は猛烈に抗議したが、それを止めることはできなかった。米国の対ロシア外交の第一人者であるジョージ・ケナンは、NATOの拡大は「新しい冷戦の始まりである」と宣言した{6}。

クリントン政権下の1999年、NATOはポーランド、ハンガリー、チェコ共和国に拡大した。その5年後、ジョージ・W・ブッシュ・ジュニア大統領のもとNATOはバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、黒海(ブルガリア、ルーマニア)、バルカン(スロベニア)、スロバキアの7カ国へと拡大した。バラク・オバマ大統領のもと、2009年にアルバニアとクロアチアに、ドナルド・トランプ大統領のもと、2019年にモンテネグロにNATOが拡大した。

NATO拡大に対するロシアの反発は、1999年にNATO諸国が国連を無視してロシアの同盟国セルビアを攻撃したことで急激に強まり、2000年代に入ってからは、イラク、シリア、リビアなど米国が仕掛けた戦争でさらに硬直化した。2007年のミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領はNATOの拡大は「相互信頼のレベルを低下させる深刻な挑発行為」を意味すると言明している。

プーチンはこう続けた。

我々はたずねる権利がある。この拡大は誰に対するものなのか?ワルシャワ条約が解体した後、西側のパートナーたちが行った(NATOの拡大は行わないという)保証はどうなったのだろうか?その宣言は今どこにあるのか?誰も覚えてさえいない。しかし、私はこの聴衆に、何が語られたかを思い出させよう。1990年5月17日、ブリュッセルで行われたヴォルナーNATO書記長の演説を引用したい。彼は当時、次のように述べた。「NATO軍をドイツ領土の外に配置しない用意があるという事実は、ソ連に確固たる安全保障を与える」。この保証はどこにいったのだろうか?

また 2007 年、ブルガリアとルーマニアの黒海沿岸 2 カ国がNATOに加盟したことで、米国は黒海地域タスクグループ (当初は東方タスクフォース)を設立した。そして2008年、米国はNATOがウクライナとグルジアを取り込んで黒海の中心部まで拡大し、ロシアの黒海、地中海、中東への海上アクセスを脅かすと宣言し、米ロの緊張をさらに高めた。ウクライナとグルジアの参入でロシアは黒海でブルガリア、グルジア、ルーマニア、トルコ、ウクライナ、NATO5カ国に囲まれることになるだろう。

ロシアは当初、ウクライナへのNATO拡大から保護されていた。ウクライナ議会を率いていた親ロ派であるヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領が2010年にウクライナの中立を宣言していたからである。しかし2014年、米国はヤヌコビッチ大統領の転覆を支援し、反ロシアを掲げる政権を誕生させた。ウクライナ戦争が勃発したのはその時点で、ロシアはすぐにクリミアを奪還し、東ウクライナでロシア人の割合が比較的高いドンバス地方で親ロシアの分離主義者を支援するようになった。ウクライナ議会はその後、2014年に中立を正式に放棄した。

ロシアの支援を受けたドンバス地方の分離主義者たちは、ウクライナと8年間も残酷な戦争を続けている。ミンスク合意を通じてドンバスの戦争を終わらせる試みは、ウクライナの指導者がドンバスの自治を求めた合意を尊重しないことを決めたため、失敗に終わった。2014年以降、米国はウクライナに大量の軍備を注ぎ込み、今年の戦闘に見られるように、ウクライナの軍隊をNATOと相互運用できるように再編することに貢献した。

2021年末にバイデンがプーチンの要求に応じ、NATOの東方拡大を中止していれば、2022年のロシアの侵攻は避けられていたであろう。ウクライナとロシアの政府が、ウクライナの中立を前提とした和平協定案を取り交わすことで2022年3月に戦争は終結していたであろう。その裏で米国と英国は、プーチンとの合意を拒否し戦い続けるようゼレンスキーに圧力をかけた。その時点でウクライナは交渉から離脱したのである。

ロシアは、軍事的敗北とNATOのさらなる東方拡大を避けるために、必要に応じてエスカレートし、場合によっては核兵器にまでいく可能性もある。核の脅威は空虚なものではなく、ロシア指導部による自国の安全保障上の利益が危機にさらされているとの認識を示すものである。恐ろしいことに、米国はキューバ・ミサイル危機でも核兵器を使用する用意があった。最近、ウクライナの高官が米国に対し、「ロシアが核攻撃をしようと考えたらすぐに」核攻撃を行うよう促したが{7}、これは間違いなく第三次世界大戦への布石であろう。私たちは再び核の破局の瀬戸際に立たされているのである。

ジョン・F・ケネディ大統領は、キューバ・ミサイル危機の際に、核の対立について学んだ。ケネディ大統領は、その危機を意思や軍事力ではなく、外交と妥協によって打開し、ソ連がキューバの核ミサイルを撤去するのと引き換えに、トルコにある米国の核ミサイルを撤去したのである。翌年には、部分的核実験禁止条約を締結し、ソ連との平和を追求した。

1963年6月、ケネディは、今日の私たちを生かすことのできる本質的な真実{8}を口にした。

      なによりも、核保有国は、自国の死活的利益を守る一方で、敵対国が屈辱的な撤退か核戦争かの選択を迫られるような対立を避けなければならない。核時代においてそのような道を選ぶことは、われわれの政策が破綻している証拠であり、あるいは世界に対する集団的な死の願望であるとしか言いようがないだろう。

NATOの非拡大を前提とした3月末のロシアとウクライナの和平合意案に立ち戻ることが急務である。今日の不安定な状況は、世界が過去に何度も経験したように、簡単に制御不能に陥りかねない。しかも今回は、核による破滅の可能性もある。世界の生存は、すべての人の慎重さ、外交、妥協にかかっている。

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