No. 1738 毛沢東の大躍進政策:思った以上に成功だった

Mao’s Great Leap:More successful than we thought

by Godfree Roberts

https://herecomeschina.substack.com (February 14 2023)

[2部構成のこの第1部では、大躍進政策に至る圧力とその初期の成功について概観する。2部では大躍進政策の失敗と毛沢東の失脚について考察する。]

革命後、世界最古の世襲制カーストである中国の地主たちは生活するのに十分な土地を確保したが、その階級は歴史の表舞台から姿を消した。毛沢東はこのことが新たな不平等を生むと警告した。

誰の目にも明らかなように、近年、農村では新たに富める農民がいたるところで生まれ、多くの裕福な中農が富もうと努力する中で資本主義の自然発生的な力が強まっている。その一方で多くの貧しい農民が生産手段の不足のために依然として貧困にあえぎ、ある者は借金をし、またある者は自分の土地を売ったり貸したりしている。この傾向を放置すれば、農村の二極化が深刻化することは必至である。

ある同僚は、中国が強力な産業基盤を築き機械化を導入するまでは国有主義は時期尚早、危険、ユートピアだと反対した。社会主義は農村が資本主義に転換した後の遠い将来の話だった。また、既存の経済を安定させたいと願う人々は資本主義も社会主義も否定したが、毛沢東は国有化を機械化に基づかせることを主張し、その逆はしなかった。トラクターを買う余裕も経済的に使う余裕もない家庭もあるが、国有であればその両方を実現できるのだ。農民は国有になれば自然災害への抵抗力、労働力の管理、新しい技術や作物品種への適応、工業製品の購入が可能になる。反対派が農民の経験不足を指摘すると毛沢東は「農民は自分でやることでしか経験を積むことができない」と反論した。ソ連の失敗から学べるのだから、中国はもっとうまく国有化をするべきだと言った。

1958年当時、通信手段はまだ未整備で政府は経験が浅く、目標設定も素人的で国家計画を調整する北京の能力も粗末なものだったが、毛沢東は絶え間ない圧力にさらされていた。食糧生産は倍増し死亡率は半減したが、出生率は倍増し、外国からの禁輸措置や核攻撃の脅威にさらされながら国の近代化を急がされた。

彼は国家権力を再中央集権化し、国を統一し、近代的な国民国家を形成し、国民市場を創設し、地主・小作人関係を廃止したが、それらの変化は表面的なものであり、「土地を分割して小作人に与えることは、封建地主の財産を小作人の個人財産に変える」ことだがこれはブルジョア革命の限界に留まる。土地を分割することは素晴らしいことではない。マッカーサーは日本でそれを行った。ナポレオンも土地を分割した。土地改革は資本主義を廃止することも、社会主義に導くこともできない」。中国が生き残るためには、農業と工業を同時に発展させなければならないと主張した。

50年、60年やってもアメリカを追い越せないとしたらなんという無様な姿だろう。地球上から抹殺されるべきだ。米国を追い越すことは可能なだけでなく必要であり、義務である。さもなければ中国は世界を失望させ、人類に貢献することはないだろう. 国づくりにおいて私たちは「機械化や近代化を強調する唯物論者とは異なり」、人間の精神を変革することに最大の注意を払わなければならない…人間においてモチベーションは意識から派生し、それは社会主義化から派生する。人間において、モチベーションは献身、愛情、決意、信仰、倹約、勤勉、簡素といった道徳的エネルギーの源である。意識とインスピレーションは互いに補強し合い、一方を他方に変容させることができる。

中国は歩いている余裕はなく、生き残るためには大きく飛躍しなければならないと彼は言った。彼は、腐敗した地方の役人を通して管理することの難しさを語り、地方の生産チーム、さらには地方の作業部隊に直接手紙を送り、大げさな主張に警告した。

私は、農業の問題に取り組みたい。トップダウンの作物目標は無視し、実現可能なものにこだわってほしい。昨年より3割、6割と収穫量が増えるのは素晴らしいことだがほとんど不可能に等しいのに4割を豪語してなんの意味があるのか。密植については、年配、中高年、若者、それぞれの生産チームの中で議論して決めるように。食料を守りなさい。しっかり保存して、いざという時のために蓄えを作っておく。小さな畑で高収量を当面の目標にする。機械化には最低でも10年はかかるので今後3年間は単純に面積を増やしていくしかない。もっと大規模に作付けせよ。農具の研究機関を立ち上げる。肥料は必須である。多くの嘘の原因は上司が自慢げに下の者に対処の難しいことに圧力をかけることだ。真実を語れ。約束は出せる数だけする。本当はできないのに、『努力でできる』と偽ってはならない。収穫が実際どれくらいあるのかだけ報告せよ。もし現実が私の予測ほど低くないのであれば、「現実の高い結果が、私が時代遅れの保守主義者に見えるのなら、天と地に感謝する」。 -毛沢東 主席

革新的で巨大な野心に満ちた毛沢東の大躍進政策は、農民に工業生産を教え、同時に飢饉と外国からの侵略の脅威を克服するものだった。農民と労働者が共同生活を送り責任を分かち合う。共同保育や共同炊事場があれば、女性の労働参加も可能になる。また、開発を地方に分散させることで、中央集権的で高価な全国規模の交通インフラは不要になる。自給自足できる農民は、堤防を築き、ダムを作り、灌漑を拡大しながら、農業と軽工業の開発を行う。農業の生産性が上がれば労働力が確保され、外国資本がなくても、労働集約型の農村産業が地域のニーズに応えることができる。地元で生産されたセメントで地元でダムを作り、地元で作られた灌漑設備で地元で作られた肥料で豊かになった土壌を潤す。この3年間で、石炭、鉄鋼、繊維、発電は30%、インフラは40%増加し、農民たちは何千ものダムを建設した。その中には現在の10大ダム9基も含まれている。そのうちの1つ、巨大な新豊江ダムには中国全土の人々が使える10立方メートルの水があり、数十億キロワットの発電、農村や都市の開発、洪水調節や灌漑に重要な役割を果たし水を求める広東省や香港を潤している。経済史家のモーリス・マイズナーは、『毛沢東の政治的・知的肖像』(2007年第一版)の中でこう述べている。

後年、各家庭の農場で得られるようになった高い収穫量は1950年代から1960年代にかけて集団化した農民が建設した広大な灌漑・治水事業「ダム、灌漑施設、河川堤防」がなければ実現しなかっただろう。また、社会的・人口的な指標では一人当たりのGDPが5倍もある中所得国と比べても中国は遜色ない。そして、その後15年間に開始される産業プロジェクトのうち、3分の2は「大躍進政策」時代に建設されたものであった。

しかし、その成果を覆すような天変地異が起こる。

Mao Zedong: A Political and Intellectual Portrait, 1st Edition. by Maurice Meisner 2007

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