No. 2869 神を演じる二人の狂人

Two Madmen Play God

by Jeffrey D. Sachs

イランに対する戦争は、抑制のきかない権力、精神的な病理、そして宗教的妄想が交錯したものであり、それが世界を極度の危機にさらしている。

これがドナルド・トランプが世界に向けたイースターメッセージだ:
火曜日はイランの発電所の日であり、橋の日でもある。これほどの日はないだろう!!クソ海峡を開けろ、この狂った野郎ども。さもなければお前らはみな地獄で暮らすことになるだろう――見ていろ!アッラーに栄光あれ。ドナルド・J・トランプ大統領

Tuesday will be Power Plant Day, and Bridge Day, all wrapped up in one, in Iran. There will be nothing like it!!! Open the Fuckin’ Strait, you crazy bastards, or you’ll be living in Hell – JUST WATCH! Praise be to Allah. President DONALD J. TRUMP

ドナルド・トランプと戦争犯罪の共犯者ベンジャミン・ネタニヤフは、9000万人の国民を抱えるイランに共同で殺戮的な侵略戦争を仕掛けている。彼らは3つの連鎖する病理に囚われている。1つ目は人格だ。両者とも悪性ナルシシストである。2つ目は権力の傲慢だ。核による抹殺を命じる力を持ち、その結果、何の抑制も感じていない。3つ目、そして最も危険なのが宗教的妄想である。二人は自分たちが神の業を行う救世主であると信じ、周囲からも日々そう言われている。それぞれの病理が互いを助長し、世界は未曾有の危機にさらされている。

その結果が、ナチスの指導者たち以来見られなかった暴力の美化である。問題は、国際法へのコミットメントを堅持し、それを公言する意思を持つ世界に残された数少ない「大人たち」――責任ある国家指導者――が彼らを抑制できるかどうかだ。容易なことではないが、彼らは試みなければならない。

まずは根底にある心理的障害から見てみよう。悪性ナルシシズムは臨床用語であり侮蔑的な言葉ではない。社会心理学者エーリヒ・フロムは1964年、病的な誇大妄想、精神病質、パラノイア、反社会性人格が単一の性格構造へと融合した状態としてアドルフ・ヒトラーを形容するためにこの言葉を造った。

悪性のナルシシストは単なる虚栄心家ではない。彼は構造的に真の共感能力を欠き、生まれつき罪悪感を感じず、敵に囲まれ、それらを破壊しなければならないというパラノイア的な確信に駆られていた。すでに2017年、心理学者ジョン・ガートナーをはじめとする多くの専門家がトランプの悪性ナルシシズムに警告を発していた。

数名の著名な心理学者や精神科医が、標準化されたヘア・スケールを用いてトランプの精神病質を評価すると診断基準値を大幅に上回るスコアを算出していた。例えば、こちらを参照のこと。精神病質とは、良心の欠如、あるいは他者への思いやりの欠如として最もよく特徴づけられる。

トランプもネタニヤフもこのプロファイルにぴったり当てはまる。米軍がテヘランで軍事的に何の意義もない民間人用の橋を破壊し、少なくとも8人の民間人が死亡、95人以上が負傷した際、トランプのサイコパシーが露呈した。トランプは悲しむ様子を見せなかった。彼はほくそ笑み、さらなる破壊を約束した。ネタニヤフの過越祭演説でも同様に死者への言及は一言もなかった。沈黙もなく、疑念の影もなく、ただ彼が破壊した敵の、勝利のリストが並んだ。

トランプとネタニヤフが作り出した脅威は妄想によって駆動されている。トランプの国家情報長官トゥルシー・ギャバードは、イランの核開発計画は消滅しており、情報機関は「イランが核兵器を製造していないと引き続き評価している」と書面で証言した。IAEAは核爆弾の証拠は一切ないと明言した。トランプ自身の対テロ担当官は抗議の辞任を行い、「我々はイスラエルとその強力なアメリカ国内ロビーからの圧力により、この戦争を始めた」と記した。偏執的な人間には現実の脅威など必要ない。必要とあれば、誇張された恐怖感に合わせ、自ら脅威を作り出すのだ。

恥じることなくそのマキャベリズムが行われる。トランプは、外交が常に自身の「第一の選択肢」だったと世界に語り、その直後にイランとの核合意を破棄したことを自慢した:「破棄したことは光栄だった。それができて誇りに思う。」彼は自らの手で外交の枠組みを破壊し、その破綻の責任をイランに押し付けた。その後、彼は何気なく、この戦争に自衛の正当性などないことを認めた。「我々はそこにいる必要はない。彼らの石油など必要ない。彼らが持つものは何も必要ない。だが、同盟国を助けるために我々はそこにいる」。国連憲章の下で武力行使の唯一の法的根拠は自衛である。トランプはそのような根拠が存在しないことを自白したのだ。

権力は特定の性格に特有の歪みをもたらすが、その権力が無制限であるか、あるいはそう見える場合には、その歪みは特に深刻になる。核兵器の指揮権を握るトランプとネタニヤフは、他の人々とは異なる世界観を持っている。これらの悪性ナルシシストにとって、核兵器の保有は重い責任ではなく、彼らの誇大的な自己の延長に過ぎない。「俺は何でもできる。何でも破壊できる。見てろよ。」 ネタニヤフとトランプはこの誇大妄想に自制を働かせることはないだろう。

トランプは自分は「罰せられない」という感覚を完全に持っている。4月1日、彼はカメラの前に立ち、「イランを爆撃して彼らがいるべき場所である石器時代に戻してやる」と公言した。

「彼らがいるべき場所」というフレーズは、9000万人の価値を裁く神聖な権限を自らに認め、躊躇することなく彼らを非人間化する男の宣告である。彼はイランの民間電力インフラを破壊すると繰り返し脅してきた。これは武力紛争法の下では戦争犯罪にあたるが、交渉の場で公然と宣言され、世界の視聴者の大半はチャンネルを変えた。

ネタニヤフは推定200発の核弾頭を保有する国家を統率している。核拡散防止条約に署名したことはなく、いかなる国際的な査察体制の下でも活動していない。彼は、トランプが抑制の効かない攻撃性をもってアメリカの軍事力を行使するのを目の当たりにしてきており、それに対して何の報い生じないという意見に同意している。

第二の狂気が第三の狂気を助長する。権力に限界がなければ、残された唯一の内的抑制は良心だけだ。そして、サイコパスに良心はない。

良心の欠如はこれら三つの病理の中で最も危険である。なぜならそれは最後の内的ブレーキさえ取り除いてしまうからだ。不当な戦争を仕掛ける戦略家は、最終的にコストが利益を上回ると計算し、手を引くかもしれない。エゴのために戦争を仕掛ける悪性ナルシシストは、最終的にエゴの要求が尽きて手を引くかもしれない。サイコパスは、なんの際限もないがゆえにエスカレートする。

そして、信じがたいことだがもっと悪いことがある。トランプもネタニヤフも「自称」救世主なのだ。彼らは自分を神の代理人だと称している。彼らにとってイランへの戦争を止めることは神が間違っていたことを意味する。だから自称救世主もまた間違ってはならない。その誇大妄想的な精神世界において、救世主と神は事実上同一のものだからだ。

トランプもネタニヤフもこの救世主としてのアイデンティティを明言してきた。トランプは自らを「選ばれし者」と呼んだ。2024年のトランプの暗殺未遂事件について、彼はこう言った。「当時もそう感じたが、今ではなおさら、私の人生が救われたのには理由があると信じている。私は、アメリカを再び偉大にするために、神によって救われたのだ。」ネタニヤフは、過越祭の前夜の演説で、単に神の名を呼んだだけではない。彼は出エジプト記における神の役割を自らに当てはめ、自身が「贖いの戦争」と呼ぶものの十の「成果」を列挙し、それぞれを「災い」と名付けた。彼はアヤトラ・ハメネイの殺害を「長子の災い」と名付けた。そして世界に対し、次のように警告した:

「エジプトの十の災いの後、ファラオが依然としてイスラエルの民を害そうとしたことを思い出してほしい。そして、それがどう終わったかは皆が知っている。」

『出エジプト記』における結末でファラオの全軍は溺死した。ネタニヤフはテレビを通じて、聖書の言葉を用いてイランの殲滅をほのめかしたのだ。

これらの人物を取り巻くのは、おべっか使いや狂信者たちからなる側近たちであり、彼らの役割は妄想を維持し、現実が彼らの意識に入り込むのを防ぐことにある。

トランプの側近:ヘグセス、ハッカビー、そしてキリスト教ナショナリスト

戦争長官ピート・ヘグセスはペンタゴンを聖戦の舞台に変えた。彼は胸にエルサレム十字の刺青を入れ、腕には中世の十字軍の戦いの叫びである「Deus Vult」(神の御心)という文字を刻んでいる。彼はペンタゴンの講堂で毎月、キリスト教の礼拝を主催している。彼はアメリカ国民に対し、「イエス・キリストの名において」中東での軍事的勝利を「毎日、ひざまずいて」祈るよう求めた。ある礼拝では、彼は声に出して米軍が以下を行うよう祈った:

「慈悲に値しない者たちに対して、圧倒的な武力を行使すること……我々は、イエス・キリストの力強く偉大な御名に大胆な確信を持って、これを願う。」

イラン戦争に関する記者会見で、ヘグセスは米国は「爆弾で交渉する」と言った。彼はペンタゴンで月例の祈祷会を主宰し、「全能の神の摂理がそこで兵士たちを守っている」と宣言する一方で、イランの指導者たちを「ある種の宗教的なハルマゲドン」のために核能力を追求する「宗教的狂信者」と表現した。彼は自ら掲げている鏡に全く気づいていないようだ。敵を宗教的狂信者と呼びながら、イエスの御名において「圧倒的な暴力」を祈る国防長官こそが、「投影」という言葉の定義そのものである。

米国駐イスラエル大使のマイク・ハッカビーがその神学的枠組みを提供している。バプティストの牧師で熱心なキリスト教シオニストのハックビーは、イスラエルとイランの対立は聖書の予言の成就であり、携挙とキリストの再臨に向けた必要な段階だと信じている。彼はトランプにメッセージを送り――トランプはそれをソーシャルメディアに投稿した――その瞬間を1945年のトルーマンと日本への原爆投下になぞらえ、トランプに対し「神の声」に耳を傾けるよう促した。

あるインタビューで、ハッカビーはナイル川からユーフラテス川に至る聖書の約束の地――レバノン、シリア、ヨルダン、そしてサウジアラビアとイラクの一部を含む――について、またイスラエルがそれらすべてに対する神聖な権利を持っているかどうかを問われた。

彼の答えは明快だった:「(イスラエルは)すべてを奪い取っても構わない」

イスラエルの極右派財務相スモトリッチは、ソーシャルメディアに投稿し、「I ♥ ハッカビー」と書いた。

キリスト教シオニストの牧師ジョン・ヘイジーは、自身の組織「クリスチャンズ・ユナイテッド・フォー・イスラエル」でイスラエルの戦争に対する米国の福音派の支持を牽引してきた人物だが、イランとの戦争について単にこう語った。「預言的に見て、我々はまさにタイミングが合っている。」

フランクリン・グラハムはホワイトハウスでのイースター祈祷会で、トランプの救世主的妄想に拍車をかけた:「今日、イラン人、すなわちこの政府の邪悪な政権は、すべてのユダヤ人を殺し、原子火で滅ぼそうとしている。しかし、あなたはトランプ大統領を立てられた。あなたは彼をまさにこのような時のために立てられたのだ。父よどうか彼に勝利を与えてくださるよう祈る。」

ネタニヤフの側近:ベン・グヴィル、スモトリッチ、そして救世主を信じる入植者

イスラエル側では内輪に2人の側近がいる。彼らは極めて過激で、ネタニヤフが政権維持のために彼らの票を利用するまでは政治的アウトサイダーと見なされていた。国家安全保障相のイタマル・ベン・グヴィルは、故メイア・カハネ・ラビの崇拝者だ。カハネが率いたカハ党はテロ組織に指定されている。ベザレル・スモトリッチ財務相は、1967年のイスラエルの軍事的勝利は神の命じるところであり、パレスチナ領土への入植は神の意志であると説いたラビ・ツヴィ・イェフダ・クックからその思想を引き継いでいる。二人合わせてネタニヤフの67議席からなる連立政権内で20議席を占めている。彼らは単に首相に助言するだけでなく、その救世主の信仰とビジョンを共有している。

ベン・グヴィルはイスラエル警察への支配力を利用し、ヨルダン川西岸でパレスチナ人に対して活動する入植者系民兵組織を支援してきた。彼は一貫して停戦交渉を妨害し、その遅延を自らの手柄だと公然と主張している。

また、数十年にわたり維持されてきた現状を無視して、神殿の丘におけるユダヤ教の儀式的権利を主張した。それはイスラエルの治安当局者が「流血を招く」と警告した動きだった。2023年8月、彼はこう宣言した: 「ユダヤ・サマリアの道を移動する私、妻、子供たちの権利はアラブ人の移動の権利よりも重要だ。」

英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、スロベニア、オランダ、スペインは、ベン・グヴィルが暴力を扇動したとして制裁を科したが、マルコ・ルビオ率いる米国は彼を擁護し制裁を批判した。

スモトリッチは二人の中でより計画的で、派手さは少ないがより危険である。

彼は西岸地区の民間統治権をイスラエル軍から自身の省へと体系的に移管し、パレスチナ自治政府の予算を意図的に締め上げる一方で、入植者向けのインフラに数億シェケルを投入している。彼は自身の省に対し、西岸地区に対する「主権行使のための作戦計画」を策定するよう指示した。イランとの戦争中、彼はイスラエルに対し、リタニ川までの南レバノンを併合するよう求め、この戦争は「全く異なる現実をもって終結しなければならない」と宣言した。

スモトリッチのイデオロギーは、入植事業は政治的なものではなく国際法やパレスチナ人の権利、あるいは世界の世論にかかわらず完遂されなければならない神聖な義務だとするクックの教えに立脚している。

この神学において、1967年の国境線は一時的な軍事的現実ではない。それは神の事業が未完であるということなのだ。

世界の大人たちは、この狂気を止める努力をしなければいけない。

ベン・グヴィルもスモトリッチも、ネタニヤフが彼らを政府や側近の輪に引き入れ、正当化するまでは、単なる過激派の端くれに過ぎなかった。

ネタニヤフが彼らにイスラエル社会に対する権力を与え、彼らはネタニヤフに自身の戦争を神の使命と呼ぶための宗教的・民族主義的な口実を与えたのだ。

この聖戦の中で、世界を救うような恵みと明快さをもって一つの声が響いた。レオ14世教皇は一貫して暴力の終結を呼びかけている。

ローマでの聖木曜日のミサにおいて彼は権力の傲慢についてこう語った:

「我々は、支配すれば強大だ、同等の者を破壊すれば勝利した、恐れられれば偉大だと考えがちだ。神は我々に模範を示してくれた――支配する方法をではなく、解放する方法を;命を奪う方法をではなく、命を与える方法を。」

パームサンデー(聖枝の日)、教皇は再び率直にこう述べた。「イエスは戦争を仕掛ける者たちの祈りに耳を傾けることはなく、それらを拒絶される。」 ヘグセスはその後、ペンタゴンで再び礼拝を行い、そこでキリストの名において「圧倒的な暴力」を祈った。

ジョン・ミアシャイマー教授は、トランプとネタニヤフが現在犯している犯罪は、ナチス指導部がニュルンベルクで絞首刑に処されたのと同じ犯罪であると明確に述べている。すなわち、侵略戦争、他国領土の併合、民間インフラへの意図的な攻撃、そして集団的処罰だ。

これは修辞的な誇張ではなく、法的な分類である。

ニュルンベルク裁判は、侵略犯罪を「究極の国際犯罪」――「あらゆる悪の集大成」を内包する犯罪――と呼んだ。なぜなら、それは他のあらゆる犯罪を可能にする犯罪だからだ。

これらの人物たちは、国際的な放送を通じて流された演説の中で、公然とそれを自白している。

国連安全保障理事会、国際刑事裁判所、核不拡散体制、武力紛争法など、まさにこの種の惨事を防ぐために存在する制度的メカニズムが、米国によって積極的に破壊されつつある。

それでも、世界の大人たちはこの狂気を止めようと努めなければならない。

パキスタン、トルコ、エジプト、サウジアラビアの外相らが参加し、中国・パキスタンによる5項目からなる和平イニシアチブと連携して行われるイスラマバードでの多国間取り組みは重要な第一歩である。これには、BRICS諸国、国連総会、そして二人の悪性ナルシシストの妄想ではなく、ルールに支配された世界で生きたいと願うすべての国家が、その全力を挙げて加わるべきである。

狂った指導者たちが神の災いを政治的手段として持ち出す時、飲み込まれるのは敵だけではない。他の指導者たちがこの二人の狂人に歯止めをかけない限り、我々は皆、ネタニヤフの災いと、トランプによるイランを石器時代へと逆戻りさせる爆撃の犠牲者となるだろう。

自身をキリストになぞらえたトランプのTruth Socialへの投稿(後に削除した)

https://x.com/TrumpTruthOnX/status/2043523798553743595

https://consortiumnews.com/2026/04/06/jeffrey-sachs-two-madmen-playing-god/