No. 2907 北京で歴史が転換した

PATRICK LAWRENCE: History Turned in Beijing

多くの人が、トランプが中国の首都に滞在した2日間は「大したことは何も起こらなかった」と言う。それは木を見て森を見ないようなものだ。

By Patrick Lawrence

先週、北京の天壇で撮影された中国の習近平国家主席と米国のドナルド・トランプ大統領。(ホワイトハウス/ダニエル・トロク)

中国人はなんと洗練されていてその身振りはなんと繊細なことか。2000年にわたる国家運営と外交術の経験がそうさせたのだ。彼らは来訪した高位の要人に対し、両国関係が変化したこと、そして関係の変化と共に世界秩序も変化したことを伝えることができるのだ。ラプサン・スーチョン(中国茶)を注ぐ前から。

ドナルド・トランプはそれを余すところなく味わわされた。先週木曜日、トランプがエアフォース・ワンの階段を降り、習近平との2日間の首脳会談を開始した瞬間からこの展開は予見できた。中国の指導者は、空港で米国大統領を出迎えることはなかった。習はその役目を、旗を掲げた子供たちと、あまり有名でない副総理の韓正に任せた。

言葉はなくともそこには多くのことが語られていた。これは中国の外交レパートリーにおいてお馴染みの手法である。

その少し後、トランプが人民大会堂に到着した際、その象徴性はさらに明白だった。トランプが、疲れ切った者特有のあのお馴染みの前かがみの姿勢で彼に向かって歩いてくる中、習は距離を置いて立ち、一歩も前に出ようとはしなかった。こちらに、ひと目見ておく価値のある、その時のCBSニュースの映像がある。

中国の儀礼のあり方には感嘆せざるを得ない。

多くの人が考えているように、トランプの北京での2日間で「大したことは何も起きなかった」と言うのは、木を見て森を見ないようなものだ。トランプの到着から金曜日の別れまで、中国の指導者はトランプに、これは決して大げさな表現ではなく、いまだに「自由世界」と呼び続ける人々のいるその世界の指導者が、もはや世界の指導者ではないことを知らしめたのである。

これが、先週の木曜日と金曜日に北京で起きた出来事に対する私の見解だ。

近代史における大きな動きの中で、これまで権力は西へ移行してきた――清朝中国からヨーロッパへ、そして大西洋を越え、さらに米国本土へと。

太平洋を越える流れは以前から明らかだった。習近平はこのタイミングを選び、第47代米国大統領に対し、権力の移行はもはや不可逆的であり、双方が新たな秩序の中でそれぞれの立場を占める時が来たと伝えたのだ。

北京のこのタイミングに私は驚かない。トランプの2期目が始まって1年余り、彼と無能な閣僚たちは、世界秩序の体裁さえ維持することに対して、極めて不真面目であることを証明してきた。

トランプが登場するずっと前から中国はロシアと共に、米国とその「ルールに基づく秩序」を安定した国際関係に対する懸念すべき脅威と見なしていた。トランプ2期目の無法と攻撃性は、世界が前近代的な混沌の状態へと後退するのを防ぐためにとうとう北京の介入(今のところ外交手段を通じて)を促したのだ。

「一つの中国」政策からの後退5月14日、北京の人民大会堂で、トランプ氏と代表団が習近平氏および中国の関係者と会談した。(ホワイトハウス/ダニエル・トロク)

二国間関係に焦点を絞れば、バイデン政権時代から続く、中国の技術的進歩を積極的に阻害しようとするワシントンの取り組みがある。また同じくバイデン政権以降、1979年にカーター政権が「一つの中国」政策を採用し、承認対象を台北から北京へと転換した際に米国が約束した事項から米国は少しずつ後退している。

台湾への大規模な武器売却(トランプ第1期、バイデン、トランプ第2期の政権下で30件以上)、台湾海峡を通る米海軍の絶え間ない「航行の自由」活動、ナンシー・ペロシのような反中派による台湾への挑発的な訪問、 ジョー・バイデンによる「米国は台湾を軍事的に防衛する」との繰り返しの主張、独立運動への明言こそないものの暗黙の承認など、北京はもう我慢の限界に達している。習近平は、現在140億ドル規模の新たな米国製兵器売却が保留中である中、先週木曜日にトランプと対談するやいなや、そのことを真っ先に伝えた。

もちろん、これは新しいメッセージではない。台湾は、ロングアイランドが米国領土であるのと同様に、中国の領土である。米国当局者や彼らに追随するメディアが、「中国が自国の領土と主張する台湾」というフレーズを絶え間なく繰り返すのを、中国側はどれほど苛立たしく感じていることだろう。

しかし、先週、習がトランプに発した迅速かつ鋭い警告は、私の見るところ極めて脅迫的なものだった。まるで「ゲームは終わりだ」と言わんばかりの断固としたものだった。以下は、外務省がトランプとの初日の会談の概要で引用した習の言葉だ:

「台湾問題は米中関係における最重要課題である。これを適切に処理すれば、二国間関係は全体として安定を保つだろう。そうでなければ、両国は衝突し、さらには紛争に至り、関係全体を大きな危機に陥れることになる。」

これは事実上の説教であり、習近平はそれを意図していたようだ。そしてトランプがここ数年の「サラミをスライスするような」戦術からすぐに距離を置いたことは注目に値する。先週金曜日に北京から放送されたフォックス・ニュースのインタビューでトランプは次のように語った:

「私は誰かが独立することを望んではいない。ご存知の通り、戦争をするために9,500マイルも移動しなければならないことになる……。私はそんなことは望んでいない。彼らには冷静になってほしい。中国には冷静になってほしい。我々は戦争を望んでいないし、現状を維持すれば、中国もそれで構わないと思う。」

この発言から、どうして「北京では大したことは起きなかった」という結論になるのか私には理解できない。これは米国の立場を「一つの中国」政策(あるいはそれに近いもの)へと回帰させ、事実上、両岸関係を内政問題として認めることになる。もちろん、それは1949年以前の共産党軍と国民党軍との内戦の残滓として、本来そうあるべきものだが。

確かに、習近平はトランプが台湾問題についてあれこれ語るのを聞いていたし、中国にはこれがうまくいくことを祈ろう。また、トランプが政治的な理由で中国のタカ派が声高に求めている140億ドルの武器契約に署名せざるを得なくなる可能性は高い。

面白い話がある。同じフォックス・ニュースのインタビューで、トランプは武器売却に署名するつもりかと問われ、「いや、それは保留にしている。率直に言って、これは我々にとって非常に良い交渉材料だ」と答えた。さて、あれほど急がれていたミサイルや防空システムの緊急性は、これで終わりだ。

これが、北京訪問後の台湾問題に関する私の結論につながる。状況は極めて大きく変化した。武器供与、議会の訪問、台湾海峡を通過する海軍艦艇――北京会談後、そして今後これらすべては単なるパフォーマンスに過ぎなくなるだろう。

連邦議会の中国強硬派やワシントンの他の勢力から、あらゆる種類の政治的要請が寄せられるかもしれないが、米国が台湾防衛のために北京と戦争をする可能性はほぼ皆無だ。好戦派の間での見せかけの威嚇に過ぎないだろう。

私がこう言うのには二つの理由がある。第一に、トランプは、台湾をめぐる習近平の警告に潜む厳しさを説得力あるものと受け止めたようだが、それは当然のことだ。北京の「レッドライン」は、さらに鮮やかな赤色となった。

第二に、この問題や両者が取り上げたその他のあらゆる事柄について、習がトランプに対して示した自信は、二国間および世界的な力の均衡が、いかに確実に中国の有利な方向にシフトしたかを示す指標として読み取ることができる。

イランに対する米国の戦争をめぐる中国の見解

習近平とトランプが議論した他の諸問題の中で、最も差し迫ったものは、イラン戦争に対する北京の見解だった。この点において、トランプは、この問題に関して中国側から何かを引き出したという印象を与えるために、嘘と事実の歪曲に訴えた。

フランス人はトランプのために新しい言葉を考案すべきだ。彼は生粋の「bullshitier(でたらめ屋)」である。

ホルムズ海峡に関する中国の立場を説明したホワイトハウスの発表文は以下の通りだ:

「習近平国家主席はまた、同海峡の軍事化やその利用に対する通行料徴収の試みに対する中国の反対を明確にし、将来的に同海峡への依存を減らすため、米国の石油をさらに購入することに関心を示した。」

とんでもない話だ。習近平は海峡の「開放」を支持することを明らかにしたが、「軍事化」や「通行料」については何も言及しておらず、通常ペルシャ湾産が占める輸入量の40%を補うために米国産原油をさらに購入することについても、言及すらしていないようだ。

クインシー研究所の副所長、トリタ・パルシは、同研究所のニュースレター『Responsible Statecraft』の金曜日の記事で次のように書いている:

「中国の外交官たちとの議論に基づけば、中国人にとっての『開放』とは、海峡を通る交通が流れることを意味する。石油、ガス、物資が出入りし、金銭がやり取りされ、貿易が成立するということだ。/em>

それは、地域諸国が通過に対して料金を徴収する仕組みが存在してはならないという意味ではない。料金があっても、石油は依然として流れることができる。(米国が現在行っているような)封鎖こそが海峡を閉ざすものであり、通行料ではない。

当然ながら中国側は通行料が一切かからないことを望んでいるが、中国が受け入れ可能な提案も浮上している。例えば、環境管理費として徴収する地域的な仕組みであれば、中国側も容認できる。つまり、通行料として位置づけられない形の通行料である。」

この点に関して留意すべきは、イランが海峡の支配権を行使して以来、中国船は定期的に同海峡を通過しており(米海軍もそれを阻止しようとはしていない)、また、米国財務省がイラン産原油を受け入れて精製する中国の精製業者に制裁を科した後、北京当局は、この米国の域外適用という最新の不適切な行動を無視するよう指示したことだ。

事態をさらに興味深いものにしているのは、パーシが言及したそれらの提案がすでに広まりつつあることだ。ロイター通信は土曜日、イランが海峡を通る船舶の交通を管理するための「仕組み」を提示する予定であると報じた。同通信は、イラン議会の国家安全保障委員会委員長であるエブラヒム・アジジ氏の発言を引用し、通過は「イランと協力する」船舶にのみ許可され、それらには「専門サービスに対する料金」が課されると伝えている。

注目すべきは、イランが「通行料」を徴収するつもりはないという点だ。

ホワイトハウスが発表した声明のイランの核計画に関する習近平・トランプ両首脳のやり取りを記述した部分によると、「両国は、イランが核兵器を保有することは決してないという点で合意した」とある。

トランプとその側近の無神経さはさておき、それでも彼らの厚かましさには呆れてしまうことがある。上記の声明は、まったくの虚偽である。

確かに、中国は1970年の核拡散防止条約(NPT)の署名国であり、1992年に同条約に加盟した。中国はまた、イランの核開発を制限する2015年の合意を交渉した6カ国からなる「P5+1」グループの一員でもあった。核拡散問題に関する北京の見解に疑いの余地はない。

しかし、北京も抑止力については熟知している。中国が独自の核研究を始めたのは1950年代半ば、米国が新生中華人民共和国に対して公然と、かつ積極的に敵対的だった時期である。1954年や1958年といった、台湾をめぐる緊張が極めて高まった重大な局面において、ドワイト・アイゼンハワー大統領は中国に対して核兵器を使用することを検討した。その6年後の1964年、中国は初の核爆弾を製造した。

こうした背景を踏まえて、サミット後の核問題に関する中国外務省の声明を読んでみてはどうだろうか:

「本来起こるべきではなかったこの対立は継続する理由はない。情勢緩和の勢いを着実に進め、政治的解決の方向性を堅持し、対話と協議を行い、イランの核問題およびその他の問題について、すべての当事者の懸念に配慮した解決に至るよう努めることが重要である。」

この声明について、いくつか注目すべき点がある。

第一に、現時点でイランが核兵器を開発すべきか否かについては、一切言及されていない。トランプ政権が習・トランプ両首脳のやり取りを、あのような形で解釈できる唯一の方法は、それを著しく歪曲することだけである。

第二に、これは中国の外交手法を如実に示す好例である。米国が戦争を始めたことを非難しているが、その文言には非難の表現が一切含まれていない。

最後に、これは再び説教の形式をとっている。すなわち、無法かつ無責任な振る舞いのために指導を必要としている相手に対し、指を振りかざす寸前で止まる安定した大国――言い過ぎでなければ、賢者が愚者を戒めるようなものだ。

先週、習近平とトランプは数時間にわたる会談で、貿易、投資、麻薬密輸といった他の問題についても話し合った。トランプの唯一の成果は――繰り返すが、成果となるかもしれないが――中国がグレートプレーンズ地域の農家からより多くの大豆を、またボーイング社からより多くの航空機を購入することに合意したことかもしれない。

もしこれが事実だとすれば、情けない話だ。アメリカの大統領が中国で首脳会談を行い、些細な「取引」を書き留めるために奔走するとは。なんと品位を欠いたことか。だがこれがトランプなのだ。

「画期的な進展はなかったが、失策もなかった」とワシントン・ポスト紙は首脳会談後に報じた。「習近平はトランプ政権と互角に戦った」というのがニューヨーク・タイムズ紙の見解だ。北京で起きたことの真実があまりにも苦々しく、受け入れがたいとき、アメリカの主要紙はこうした言い回しをするものだ。

習近平の発言を聞き、それを米中関係の当たり障りのないお決まりの言葉として受け止めるのは、おそらく容易なことだ。「新時代」、「2026年は『歴史的、画期的な年』」、「米中関係の新たな章」――はい、わかった、とあなたは言うだろう。

これは、太平洋の向こう側で今まさに起きた出来事に対する、弱く、注意を欠いた読み方だ。

習近平はまた、台頭する大国と衰退する大国は戦争を免れないという学術的概念である「トゥキディデスの罠」についても、一度ならず言及した。これを単なるお決まりの挨拶として受け流すことはできない。それは警告だった。彼は「両国および世界にとって重要な主要な問題」について語り、世界の安定を維持する必要性に強い関心を示したのである。

世界で最も躍動的な大国の指導者が、その安定を脅かす最大の要因となっている国の指導者に対し、安定について語る――これもまた、単なるお決まりの挨拶などではない。

私が特に印象に残ったのは、習近平が「両国および世界にとって重要な諸問題」について「協力して取り組む」と――繰り返しになるが、一度ならず――言及していた点だ。よく耳を傾けよう。

これは、世界秩序を維持する世界の指導者を、中国がどのように支援できるか、と米国人に尋ねる中国国家主席の言葉ではなかった。それは中国が他国と協力して秩序を維持する中で、米国に協力を呼びかける中国国家主席の言葉だったのだ。

このようにして先週、北京で歴史は新たな局面を迎えたのである。 

https://consortiumnews.com/2026/05/18/patrick-lawrence-history-turned-in-beijing/