Why is Charlie Kirk a big deal?
カークが政治運動の旗手だなんて冗談だろう
by Hua Bin
アメリカにおける政治的暗殺はJFケネディ以来の制度の特徴である。標的となるのは通常、RFKやMLK、ロナルド・レーガン、トランプのような重要人物だ。チャーリー・カークの殺害が異例なのは、公職に就いておらず、支配階級の公然たる一員でもなかった人物に対して、メディアが大騒ぎした点だ。
明らかにカークは米国保守派の有力者として、またMAGA(Make America Great Again)若者運動の主要人物と見なされていた。
私は興味本位でチャーリー・カークが有名になった経緯を調べ、彼が参加した討論会(特に中国関連の議論)をいくつか聴いたが、どれも期待外れだった。
確かに彼は、有害でポリティカル・コレクトな新自由主義メディアの中で、Wokismに対して「新鮮な」見解を持っていたことは間違いない。しかしほとんどの問題に関する彼の見解は平凡で、一方的で、多くの場合、明らかに間違っていると思った。
実際、チャーリー・カークは、彼のヒーローであるドナルド・トランプと同じように知識も専門性もない多くの問題について、あまりにも多くの見解を持っているようだ。
彼がよく使う「私が間違っていることを証明して “Prove Me Wrong”」という言葉を使って、私の主張を述べよう。米国の国内政治には全く興味がないので、チャーリー・カークが中国について言ったことに焦点を当て、彼が表向きは反対している新自由主義者たちと同じ陳腐な決まり文句を吐く、情報不足か、意図的に不誠実なイデオロギー家の一人に過ぎないことを証明する。
「米国の脱工業化は中国が原因だ」
これは最も繰り返し語られる神話の一つで、批判的思考能力のない人々の信条である。チャーリー・カークは中国に関する数々の討論でこの見解を表明した。
米国の製造業の雇用がピークを迎えたのは、1970年代初頭、中国がまだ閉鎖的な計画経済で、欧米との貿易や経済交流がほとんどなかった頃だった。
米国企業が製造を海外に移し始めたのはレーガン政権時代(1981年~)からで、企業はコスト削減と利益向上のため低コスト生産国へ製造を移転したのだ。
MITの政治学者で『Making In America』(2015年)の著者であるスザンヌ・バーガーはこう指摘している。「金融市場は巨大企業に対し、米国人労働者と工場を解雇し、自社内で全てを完結させる垂直統合型企業から脱却するよう膨大な圧力をかけた… これにより1980年代から、テキサス・インスツルメンツ、デュポン、アルコアといった巨大で有能な米国製造業者の異例の解体が始まった」。
1980年代に金融化が定着するにつれ、米国の資本家は製造業よりも収益性の高い金融、ハイテク、サービス部門を優先した。
米国の脱工業化は、2001年に中国がWTOに加盟し米国との貿易が急拡大する以前から既に進行していたのだ。
脱工業化の根本原因は、資本家所有者による利益最大化の追求にある。中国が存在しようがしまいが、米国企業は同じ戦略を追求しただろう。
1987年のオリバー・ストーン監督映画『ウォール街』は、ゴードン・ゲッコーが弟子に「俺は何も生み出さない、所有するだけだ」と語る場面で、当時の「自由企業システム」の精神と倫理観を捉えている。WALL STREET Clip – “Democracy?” (1987) Michael Douglas
カークは明らかに米国の経済システムについてほとんど理解していなかった。また中国の対米経済関係の歴史についても何も知らなかった。
「中国が成功したのは、米国が中国をWTOに加盟させたからだ」
これはチャーリーが頻繁に繰り返したもう一つの単純で陳腐な主張である。これも間違っている。2001年に中国がWTOに加盟した時点で、ほとんどの国は既に加盟していたが中国のような経済的飛躍を遂げた国は一つもなかった。
インドは1995年にWTOに加盟したが、今なおGDPは中国の20%未満で、一人当たりGDPはバングラデシュを下回っている。つまり、WTO加盟が経済的成功を保証するのではないのだ。オリンピックに代表団を派遣してもメダルが取れるとは限らないのと同じである(これもインドがよく知っていることだ)。
残念ながら、保守派のスターであるチャーリー・カークは同志たちと同程度の洞察力しか持たず、反証は簡単である。
「米国が中国と経済的に関わる目的は中国に民主主義と自由をもたらすためだ」
多くの米国人、政治家、一般市民も、道徳的優越感を抱くために歴史修正主義にひたっている。
中国と貿易するのは利益追求のためという本音を隠して、民主主義と自由を促進する経済関与という笑止な物語をでっち上げているのだ。
その論理は、中国が米国との貿易で豊かになるにつれ、中国人はより多くの民主主義と自由を求めて社会体制を米国のように変えるだろう、というものだ。
誰が米国のような政府を望むのかという疑問はさておき、これは3歳児でも見抜けるような自分に都合のよい、馬鹿げた主張である。
P&Gやナイキ、アップル、KFCといった米国企業が、民主主義推進のために中国と取引していると思う者がいるだろうか? 使い古された諺を借りれば、自殺するための縄を売ってくれる資本家を見つける方が、赤字で民主主義を推進する資本家を見つけるより簡単なのだ。
しかしチャーリー・カークはナイーブにもこの嘘を信じた。だから彼の「間違いを証明する」のは桶の中の魚を撃つように簡単なのだ。
「米中の対立は、民主主義と権威主義の対決だ」
血気盛んな道徳的優越感を抱く他の米国人のように、チャーリー・カークもバイデン政権のこの使い捨てスローガンを暗唱した。繰り返すが、彼は一体誰を騙そうとしているのだろう?
1970年代初頭、中国共産党が現在よりはるかに権威主義的だった頃、ニクソンとキッシンジャーはソ連封じ込めのため毛沢東に接近した。
歴代の米政権は、共産主義ベトナムを中国包囲網に組み込もうと画策してきた。米国の国益に都合が良い時は、なぜ民主主義対権威主義の対立構図がでてこないのか?
チャーリー・カークが中国に民主主義と自由をもたらすと語った時、彼は正直で誠実だったのだろうか?米国が説くように、米国式の民主主義がそれほど素晴らしいなら、中国にそれを普及させれば中国はさらに強大になるだろう。米国は中国にほんとうにそうなってほしいのか?
もし民主主義がそれほど素晴らしいものなら、中国にそれを贈ることは最強のNVIDIA AIチップを中国に売り渡すようなものだ。米国がそんなことをするだろうか?
米国政権が望むのは、強く独立した中国ではなく、弱くて従順な中国ではないか?ロシアを解体したいのと同じように、中国を解体できればなお良いとさえ思っているのではないか?
米国の目的は共産党を倒すことではなく、中国を倒すことだ。3歳児でもわかる話だ。
「反証してみろ」と挑発するカークは、プロパガンダを無批判に繰り返す際、こうした疑問を一度も考えたことがなかったのだろう。自称「真実探求者」であるカークの推論能力と知的な誠実さの欠如は驚くべきものだ。
幸い、ほとんどの中国人の知能指数はチャーリーより高く、米国政権の「善意」を見抜いている。
そして最も頭の悪い中国人でさえ、共産党の利益が米国の支配階級の利益よりもはるかに自分たちの利益と一致していることを知っている。
「中国製品を買う米国人は中国軍を資金援助している」
これもカークの中国論争で聞かれたすごい「洞察」だ。チャーリーが嘆いたのは本心だろう。普通の米国人が、ウォルマートやアマゾンで中国製のおもちゃ、服、家具、電子機器を買うことで、中国の経済、ひいては軍隊を資金援助しているということを。皮肉なことに、チャーリーが気づいていなかったであろう論理の帰結はこうだ。同じ理屈なら、中国人がコカ・コーラを飲み、iPhoneを使い、ナイキを履き、テスラを運転し、ハリウッド映画を観るたびに、彼らは米軍を武装させていることになる。
もし中国が同じ論理で応酬したら、チャーリーは中国の保護主義的な非市場的行動を嘆くだろう。結局のところ、ダブルスタンダードと偽善を実践しなければ覇権国である意味などないのだから。
これ以上続けることもできるが、「私の間違いを証明してみろ」という知的遊戯はここで止めよう。まるで幼児とのボクシング試合だ。勝っても全く満足感がない。
故人を侮るつもりはないが、物事はありのままに呼ぼう。カークは教育の足りない情報不足の米国人青年で、平均的な知能しか持たず、誤報プロパガンダ機関による制限された世界観のなかで生涯を過ごした。反逆者になろうとどれほど努力しようとも。
だが盲人の国では、片目の化け物でも王様になれる。
私は批判しているわけではないが、事実は明らかだ。チャーリー・カークは18歳でコミュニティカレッジを中退し、政治活動家となった。米国の公教育の質を考えれば、彼の学歴が技術分野、歴史、哲学、経済学のいずれにおいても知識基盤をほとんど備えさせていないと断言できるだろう。
彼の社会における「カルチャー戦争」の不健全さへの批判は、米国で何かがひどく間違っていると本能的に感じている若者の一部に共鳴したのは間違いない。
だがここでも彼はDEI(多様性・公平性・包摂性)、トランスジェンダー、銃規制、中絶、ユダヤ・キリスト教至上主義、公民権修正主義といった、重要なことから注意をそらすために支配階級が振りかざすカルチャー戦争問題について無意味な議論の罠に陥った。
米国の根本的な問題は経済的不平等と、その結果として生じる政治的不平等、つまり、本来の意味での民主主義の欠如である。米国は金権政治でなのだ。
やはり微妙なニュアンスは、カルチャー戦争の戦士たちの理解能力の及ばぬところにあると言える。
先に述べたように、チャーリー・カークの暗殺をめぐる論評の嵐にもかかわらず、私はその人物の凡庸さにがっかりしている。
カークは、トランプが任命した閣僚を始めとする印象に残らない MAGA スーパースターの長いリストに加わった:ヘグセス(ASEAN 諸国の名前を一つも挙げられない戦争長官)、ルビオ(独自のアイデアをまったく生み出せない国務長官兼国家安全保障担当大統領補佐官)、カッシュ・パテル(FBI を廃止し、エプスタインのファイルをすべて公開すると誓った FBI 長官)、 リンダ・マクマホン(教育長官でかつてプロレス興行の幹部で、AI をステーキソースのように A1 と呼んだ人物)、ブルック・ロリンズ(農業長官で、卵不足に対処するために市民に鶏の飼育を勧めた人物)、クリスティ・ノーム(国土安全保障長官で、かつて美人コンテストの出場者であり、中国には米国を破壊するための 2000 年の計画があると主張した人物)。
チャーリー・カークは実際に米国の国家機構で公職に就いている仲間たちと比較して、かなり好意的に見えた。それでも、彼はあまりにも多くの問題について、生産的な貢献は一切なく、誤解を招くことばかりを主張していた。つまり、彼はあまりにも簡単に反証されてしまう人物だったのだ。
米国が誰を崇拝するかは彼らの自由だ。しかしチャーリー・カークのような人物が米国政治の指導者と見なされ、「私の間違いを証明してみろ」というスローガンの下で討論会を開くような状況では、その国の討論の質に問題があるのは確かである。
https://huabinoliver.substack.com/p/why-is-charlie-kirk-a-big-deal