No. 1841 ジェフリー・サックス、エリートの背教者

Jeffrey Sachs, Elite Apostate

by Charlie Tidmarsh

先月、経済学者のジェフリー・サックスがライターであるロバート・ライトがホストを務めるSubstackのポッドキャスト「Nonzero」に出演し、冷戦後の世界におけるアメリカの外交政策の失敗について語った。ライトはサックスに「アメリカのジャーナリズムは衰退していると思うか」と尋ねた。複数の国連NPOの代表で、コロンビア大学の持続可能開発センターのディレクターでもあり、公的な知識人としての生活の中で最も組織的に認められている人物の一人であるサックスは、絶対に(衰退)していると述べ、次のように語った。

「私は長年の友人である最も重要な新聞のベテラン記者と話をした。私は彼に、「若い頃あなたの新聞を頼りにしていた、なぜならウォーターゲート事件やペンタゴン・ペーパーがあって、それはとてもよかった」。するとこの友人はこう答えたんだ。「あの新聞は今はもうダメ、完全に終わってる。ジェフ、それを理解しないといけないんだ」。サックスはこの友人がニューヨーク・タイムズ紙の記者だったことをのちに明かしている。

サックスがこの記者と話したのは昨年9月だった。記者がこんな発言をしたのは、ノルド・ストリーム・パイプラインの爆破事件とその後の報道のためだった。攻撃後の数日、数週間にわたり主要メディアでは誰の責任であるのかについて様々な憶測が飛び交い、CNN{1}やニューヨーク・タイムズ{2}は米国や欧州政府の主張を反映し、ウクライナに支持を向けさせるためにロシアが自国の重要なインフラを損壊したと報じた。ミハイル・ゴルバチョフとも密接に働き、米露関係に精通していたサックスは、これらの報道を読み、友人である記者に電話をかけ、「やったのはアメリカだ!なぜあなたの新聞は今日、ロシアがやったと言っているのか?」と言った。それに対して記者はこう答えた。「もちろんアメリカがやった。他に誰がいる?まあまあ、ジェフ。編集長はそんなことに興味がないんだ」

これに関連した話で、サックスは反体制的な思想家たちやジャーナリスト、学者たちのグループが共有する見解としてこう述べた。「米国の主流メディアは修復不可能なほど腐敗しており、米国の諜報機関や安全保障上の利益に深く従属しているためジャーナリズムとしての価値はほとんどない」。 サックスは昨年来、ますますこの問題について声高に主張するようになっており、ウクライナでの戦争については、その責任は{3}米国とその数十年にわたるNATOの好戦主義にあり、2014年のウクライナ大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィッチの失脚について具体的な国務省の関係者までを挙げ、流血を引き起こし、長引かせた米国の責任について主流メディアはほとんど報じていないと非難している。

サックスは、バイデン政権やアメリカの外交政策体制、あるいは企業メディアを最も声高に批判しているわけではない。グレン・グリーンウォルド、マイケル・トレーシー、タッカー・カールソン、ノーム・チョムスキーのようなコメンテーターがディープステートの陰謀やプロパガンダについて強い主張をするのに対して、サックスはしばしば返事をしぶる。グリーンウォルドのニュース番組『システム・アップデート』に最近出演した際{4}、サックスは「私は(アメリカのジャーナリズムの劣化について)すべての理論を知っている。金、広告、権力だ」と述べ、「しかしそれはなぜなのか、完全には理解できない」と言った。グリーンウォルドは一貫して厳しい態度をとっており、その会話の中で彼は、「(ニューヨーク・タイムズ紙は)CIAが言わせたいことは何でも、たとえそれが嘘だとわかっていても、喜んで書き記すという点で、今や別宇宙にいると」と述べた。

この増えつつある反体制派の中でサックスを特徴づけるのは、彼の確固たるエスタブリッシュメントの資質の広さである。国連での任命、COVID-19委員会の任務、世界銀行やIMFの顧問、そして同世代のトップ経済学者とし数え切れないほどの称賛を受けている。バニティフェア誌は2008年、彼を「新エスタブリッシュメント」100人のリスト{5}に加えた。そのため、米国の国内外における行動に対する彼の批判は内部告発のような性格を帯びている。サックスは過去40年間で最も重要な外交や経済交渉に関与しており、ソビエト連邦後の諸国やラテンアメリカにおける共産主義の中央計画から市場経済への構造的な移行も含まれる。サックスが、米国が嘘をついている、あるいは不誠実に行動していると言えば、人々が耳を傾ける人物なのだ。

エスタブリッシュメントの対立的な内部批評家としてのサックスの新たな役割は、ウクライナの戦争によって確固たるものとなったが、その出発点はコロナパンデミックの最初の年だった。2020年春、感染拡大が始まって数か月後、サックスはランセット編集長のリチャード・ホートンによって、ウイルスの起源を調査する医学雑誌の委員会の議長に指名された。当時、ワシントンでも主要メディアでも、SARS-CoV-2が安全性の高い研究所や研究機関から流出した可能性を認めることは議論の余地がなかった。サックスはこの説(そして当時のトランプ大統領がこの説になびいたこと)に強く反対していた{6}が、「虚心」でこの役職を引き受け、委員会のスタッフになり、コロンビア大学の同僚であるピーター・ダスザックをタスクフォースの責任者に任命した。このグループは、主に人獣共通感染症や実験室からの漏出など、コロナの起源に関するさまざまな説について報告書を作成し、その妥当性を評価することになっていた。

その年の夏には、サックスは研究所からの流出説についての立場を再評価しはじめていた。彼の話によれば、彼は「一部のトップ科学者」からウイルスの生物学的な特徴に関する情報を受け取ったが、その特徴は潜在的な実験室での操作を示唆していたという。また彼は、ニューヨークの非営利団体であるエコヘルス・アライアンスへの米国国立衛生研究所(NIH)の助成金についても知らされた。この助成金はウイルスの機能獲得実験(ゲインオブファンクション実験)が武漢でマウスに対して行われるために使われた。ダスザックはエコヘルス・アライアンスの会長だったし、現在もなおその地位にある。サックスが新コロナ委員会のタスクフォースリーダーに対して、彼が武漢で資金提供した具体的な研究内容を開示するよう求めたところ、ダスザックは弁護士の助言に従い、それを拒否した。

ここでも報道は異なる。サックスはダスザックを即刻解雇したと主張し、ダスザックは辞任したと主張している。

いずれにせよ、2021年6月、ダスザックはもはや起源タスクフォースを率いておらず、サックスは、ウイルスの起源探索に絡む利益相反(2021年5月のエッセイ{7}でニコラス・ウェイドが綿密に文書化したものなど)があまりにも深く、委員会が機能的に危ういことを徹底的に確信していた。コロナに対する公衆衛生当局の対応に懐疑的な多くの人々にとって、これは当時固まりつつあった組織的な物語からの最も意義深い公的な決別の一つであった。このランセット騒動以来、ダスザックはパンデミックへの対応を大失敗に導いた張本人となっている。

政府の説明責任と言論の自由に対するサックスのコミットメントを特徴づける一つの方法は、それが深い組織の記憶に根ざしているということである。ウクライナ戦争については、ベトナム、イラク、シリアと、アメリカ政府による政権交代と侵略のあからさまで十分に文書化された試みと、冷戦後にロシアと交わされた数え切れないほどの約束違反(サックスはその交渉に尽力した)が彼を動かしているようである。後知恵を働かせれば、イラク侵攻前にメディアがアメリカの一般市民に売り込んだ、サダム・フセインとアルカイダの関与やイラクに大量破壊兵器(WMD)が存在するという過激な主張を多くの人が否定していない。ウクライナが残虐な侵略に苦しむ中、アメリカが継続的にウクライナへの支援を行うことに対して一部の人々は不快感を抱くかもしれないが、サックスはアメリカが最近犯した過ちに対する責任を問おうとしているのである。これらの過ちは、政府の公式説明を盲目的に繰り返すことを熱心に行う協力的な報道機関によってもたらされた面が大きい。

そのためサックスはすぐに、陰謀論者、プーチンの手先、役に立つバカという烙印を押されてきた。サックスとグリーンウォルドが、イラク侵攻を声高に支持した一人として挙げるアトランティック誌の編集長ジェフリー・ゴールドバーグは{8}、最近サックスを「知的破綻者」と見なすエッセイ{9}を発表した。これは今よく使われる戦術である。かつての盟友が許容される言説の枠からはみ出しすぎたら、もはや彼の言葉に耳を傾ける価値はないと宣言するのだ。

「私はベトナム戦争時代、ケネディ暗殺時代、ウォーターゲート事件の時代に育った。政府の仕事は嘘をつくことだ」とサックスは今年3月、ニューヨークマガジン{10}に語った。「それは陰謀論ではなく、政府の運営方法なのだ。政府は権力に関心があるのであって、真実に関心があるわけではない」とサックスは述べた。サックスは時々、未解決の問題について過度な確信を持って語ることがあるかもしれないが、彼は原則に基づいた内なる良心の役割を果たしている。同じような公共の人物が我々はもっと必要だ。

Links:

{1} https://www.cnn.com/2022/09/28/politics/nord-stream-pipeline-leak-russian-navy-ships/index.html

{2} https://www.nytimes.com/2022/09/28/world/europe/pipeline-sabotage-mystery-russia.html?searchResultPosition=7

{3} https://www.commondreams.org/opinion/the-war-in-ukraine-was-provoked-and-why-that-matters-if-we-want-peace

{4} https://rumble.com/v2psc1y-system-update-88.html

{5} https://www.vanityfair.com/news/2016/10/new-establishment-2008

{6} https://www.cnn.com/2020/05/05/opinions/trumps-anti-china-theory-implodes-sachs/index.html

{7} https://thebulletin.org/2021/05/the-origin-of-covid-did-people-or-nature-open-pandoras-box-at-wuhan/

{8} https://www.thenation.com/article/society/press-cheerleaders-afgan-war/

{9} https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2022/09/anti-war-camp-intellectually-bankrupt/671576/

{10} https://nymag.com/intelligencer/article/covid-lab-leak-theory-jeffrey-sachs-peter-daszak.html

https://www.realclearbooks.com/articles/2023/06/20/jeffrey_sachs_elite_apostate_941486.html