No.114 舛添要一氏ご講演

弊社では、去る5月30日ホテルオークラにおいて、国際政治学者である舛添要一氏をスピーカーにお招きし、”エグゼクティブ・セミナー “を開催いたしました。現在、日本は政治経済に関する諸問題を抱えている一方で、大企業のみならず官庁の不祥事が相次いでいます。そうした状況の中での企業の在り方、発想の転換の必要性などについて、舛添氏より国際的な見地から提言を頂きました。以下に、このセミナーにおける舛添氏の講演内容をまとめましたので、是非お読み下さい。

情報化社会における企業戦略

最近、中央官庁や大企業での不祥事がたて続けに起こっていますが、こうした背景には色々な問題があるからだと思っています。本日はそうした問題意識からお話したいと思います。今、日本は転換期といわれていますが、もしそうならば、もっと新しい発想を出して世界に貢献できるような形での新しいシステムを作るべきだと思っています。

新システムの見直し

日本では保険と税金の原理が混同しており、極めていい加減なシステムになっています。今回の医療費の改革にしてもなぜ誰も反対しないのでしょう。皆さんの負担は1割が2割になり、2割が3割になり……、それで果たしていいのですか。年間の国民医療費が27兆円で、国の予算が70兆円というのですから、大変な額であることは確かですが、それを抑制する方法として”値上げすればいい”という単純な議論でいいのでしょうか。
また薬価基準と薬価差益の問題、そして診療報酬体系の問題もあります。例えば、薬代は種類が多くなればなる程、個人の負担が増えていきます。小児科の試算によれば、新制度になると余分に薬代がとられるようになりますが、たくさんの種類の薬がないと治らない病気の場合はどうするのでしょう。単純に薬の数が増えれば負担を多くするということで本当にいいのかということなのです。欧米では全体の医療費に占める薬代の割合は10%~20%、日本は30%です。風邪で病院へ行ったら山のように薬をくれます。薬を出せば出す程、儲かるシステムとなっているからです。そうした間違ったシステムからメスを入れるべきで、単純に患者の負担を増やす、それによって医療費の抑制をするということであれば、政治家は要りません。そういう国を作るために我々は戦後50年も働いてきたわけではありません。
国民に対して医療費のコスト意識を持たせるために患者の負担を増やすというのですが、償還方式など他にもっと方法があると思います。給与の天引きや源泉徴収方式にも問題があると思います。国民全員が確定申告すればよいのです。そうすればコスト意識や負担意識が生まれ、問題に気づき政府に対する怒りも出てくるでしょう。

情報インフラストラクチャの整備の遅れ

日本は情報インフラストラクチャの整備が非常に遅れています。私はパソコンと携帯電話を持ち歩いていますが、新幹線ではパソコン通信ができません。乗り物というのがただ単に人を移動させる物という発想は完全に遅れています。今やデータ通信の比率が通信の4分の1に増えているにも拘らず、ツールを使える場所があまりに少なすぎます。東京-新大阪間は100億円あればケーブルなどの設置ができ、それが実現すれば東京と大阪の会社間で電子マネーで決済も可能となります。
それが日本国有鉄道、電信電話公社であったら容易に実現できたはずですが、民営化されたため、それができないのです。必ずしも民営化がいいとは限らないというのはこの点にあるのです。空港や高速道路の建設にしても、そうした情報通信インフラストラクチャの整備は、民間ではできないのです。
ユニバーサル・サービス的なものは政府が行うべきで、だからこそ行革を行わなければならないのですが、運輸省にはそういう頭が全くありません。
これからの情報社会に、日本から情報の受発信ができないままでよいのでしょうか。私は100億円の借金をしてでも、日本中どこからでも情報の送受信ができるようにしておかなければならないと思っています。なぜそうした議論は全くないのでしょう。
景気回復と財政再建という2つの課題を掲げている、橋本行革の問題点は「二兎追うものは一兎も得ず」で失敗すると思います。財政削減で景気も回復した欧米先進諸国の例もありますが、日本は財政再建の方が前面にきて消費税増税が通ってしまったわけです。

発想の転換の必要性

今の日本経済は、発想の転換が必要です。まず第1に『前年比』という言い方は止めましょう。会社の売上が今年は100万円であったのを来年200万円にするというのは簡単ですが、100億円を200億円にするというのは至難の技です。成熟経済で成長率が低下するのは常識です。ところが高度経済成長のくせが抜けていない、特に政府がそうです。財政にしても名目5%程度の成長がなければ、赤字国債を発行することが不可避なようなシステムを作り上げているのです。
また、生産年齢人口が1995年をピークに減少しています。2000年には4人に1人が高齢者になり、スウェーデンを抜いて日本が世界一の高齢化社会になります。さらに20年も経てば高齢化に拍車がかかります。だから財政再建が必要で、このため増税せよと政府はいうのですが、そこから先は発想の転換が必要です。

例えば、高齢化社会は、長寿化であり大変喜ばしいことです。ところがここで問題なのが、戦後アメリカによる改革で、家庭とコミュニティが崩壊している点です。高齢化社会はこの2つがなければ絶対やっていけません。ここで私が提案するのは、「70才定年制」です。70才まで働き、年金は71才からというものです。このために、雇用の確保をしなければなりません。私は必ず確保できると思います。1人のお年寄りが寝たきりになったら、小金があっても全く使えませんが、医療保険の改革を根本からやり直し、介護がきちんとできるようになり、リハビリが完全にできれば、元気になってデパートへ行き買い物ができ、内需が拡大されます。そうした介護要員やリハビリ要員を同世代の健康なお年寄りが、お給料をもらってやればいいわけです。これがシルバー産業です。それで全体の国富が増し、コミュニティの意識を取り戻すことができます。
北欧では、すべて公的な資金でそうしたことが賄われますが、いかにケアがよくても、家庭やコミュニティといった認識がないため寂しい老後です。ですから、日本的なやり方が大切で、ここまでは公的な扶助、ここまでは民間の保険、ここまでは家族、ここまではコミュニティといった具合にミックスしたシステムが一番理想なのです。

日本経済のシェアということでいえば1992年がピークでした。GNPだけで計れば、対世界で15%、対アジアで70%、これが2020年になると、対世界で5%、対アジアで20%に落ち込みますが、別に何の問題もないのです。我々の生活が豊かに保っていられればいいわけですから、闇雲に成長率のみを取り上げる発想はなくしていくことが必要だと思います。

税金を使った不良債権処理を

皆さんも強く感じておられることでしょうが、公定歩合の0.5%はもっと上げるべきです。0.5%でプラスとなっているのは銀行だけです。公定歩合を上げないことのマイナスの方がむしろ大きくなってきています。第一勧銀は不良債権処理のため、5,000億円の赤字を計上しました。昨年住友銀行は8,000億円の不良債権の処理をして、2,800億円の赤字を計上しました。大きな銀行は足腰が強いからそうしたことをしていますが、その資金は我々の利息を使って処理しているだけのことです。それならば堂々と我々の税金で不良債権を処理すればよいと思うわけです。

低金利は銀行にとって都合がよく、預かったお金にはほとんど利息がつきません。100万円を1年間定期に預けても3,000円しか利息がつかない。他行に4回振込めば、1回の手数料が735円ですから、すぐに消えてしまいます。そういう手数料も安くすべきですが、銀行はローンの利率は下げません。この利ざやが空前絶後となっています。この増収を不良債権の処理に充てているのです。国会で堂々とその議論をするのではなく、裏でこっそりと私たちの利息で不良債権の処理をしているわけです。それならば、堂々と我々の税金から持っていって、国会でコントロールした方がよいではありませんか。国全体が裏でこっそりやろうとしている時に、頭取が裏でこっそりやっていても、批判などできません。総会屋とつるんで色々な弱みやプライバシーまで握られる、それで金を払うわけです。そうやって300億円も不正融資しておきながら、我々がどんなに担保があって融資を頼んでもまともに融資してはもらえないのはなぜなのか。そういうことを放置しておいて、郵便局の民営化も何もあったもんじゃないだろうと私は言いたいのです。

今の低金利はそういう銀行収益にプラスになっているだけであって、今のままのビックバンが進めば、私のメインバンクは日本国の銀行ではなくなると思います。イギリスのビックバンを見てもわかるように、私の使う金融機関は2つしか残らないと思います。今の流れでいけば、外国の銀行の日本支店と、日頃のこまごまとした出し入れのための郵便局の郵便貯金です。その2つを除いて日本の銀行はすべてつぶれると思います。そういう厳しい状況にきているという認識が皆さんにはどこまであるのでしょうか。逆にこれ以上銀行を甘やかす必要は全くないわけです。低金利政策は企業収益に対して増益効果はゼロです。そして家計への金利収入にしても同じです。年金生活者であったら、退職金1,000万円預けても3万円です。3万円で一体何ができますか。公益事業をしている団体にしても金利収入で奨学金を出しているところなど金利は全く入りませんから、これはむしろ全社会的に見たらマイナスです。それなのになぜ低金利を変えないのですか。

金融緩和する時期が2年遅れたから我々の景気が2年低迷しています。だから今こそ引き締めなければならないのに、まだ緩和しています。今の0.5%という公定歩合を日銀総裁はそのまま維持していくといっていますが、アメリカが5%ですから、その状況を放置しておけば、ビッグバンになったら、日本のお金はアメリカにいってしまうのは誰が考えても分かります。ところが、「それでも0.5%を維持します。それは景気が悪いからです」というのです。一方で、同じ政府の経済企画庁は「戦後最高の景気だ」といっているわけです。誰を信じればよいのでしょうか。そういうことに対してどこからも反論がないということは非常におかしいと私は思います。

企業のトップのふがいなさ

中央官庁や大企業で不祥事が続いており、結局は引責辞任ということになるのですが、これは組織のリーダーの自覚の欠如に原因があることが多く、ある意味でこれはバブルの後遺症なのではないかと感じております。例えば、先の全日空を例にとれば、自分の組織のことしか考えていないという点にあります。本来、飛行機で人を運ぶ商売ですから、「いかに安全に、安く、快適に消費者を輸送するか」という争いをやってもらわなければならないわけで、それが欠落した形での人事抗争があってはならないと思います。
それから、これからの企業の経営者は自分の会社の経営だけでなく、社会の問題点に対する答えを持っておかなければなりません。本日、私が申し上げたような問題点について、すべて自分の考えを用意しておいてください。例えば、医療保険、このままの形で本当によいのでしょうか。「医療保険がああいう形で衆議院を通過して、あの医療保険の改革案で本当によろしいですか」と聞かれたときに自分の意見をしっかり持っていてください、ということです。
社長というのは、自分の会社の不祥事については当たり前ですが、あらゆる問題に対して答えを出せるようにしておくことが絶対に必要です。その辺をよく心がけていただきたいと思います。社長の評価は会社の評価でもあるわけですから、会社の経営をきちんとやった上で、社会問題に対して、意見を持っておかなければなりません。そして、社長の側近の人たちは、まず第1に社長が常にどういう問題に対しても発言できるだけの資料を集めておく必要があります。セガとバンダイが婚約解消しましたが、セガの体質とバンダイの体質はどこがどう違うのか、自分の会社と比べてどうなのか。中堅管理職はどうなのか。そういう話ができるということが必要であると思います。
それからもうひとつには、地域社会や家庭という話をしましたが、地域社会に役立つ企業というのは情報化社会になればなる程、必要であって、インターネットで仕事ができるから地域社会など関係ないということではなく、特に高齢化社会ということになると、企業の社会的責任として高齢化社会に対して、どういう貢献ができるかということを考えておく必要があります。
例えば、危機管理の一端を担ってもよいわけです。防災ということを考えて、社員が20名だからその20名分の備蓄だけしておけばいいかというと、せめてもう少し余分に用意して地域社会の人々が逃げ込んできたときに水と食料を供給できるくらいにしておくことも必要だと思っています。そうした意味での社会参加、社会的貢献も必要だと思います。
毎日のように、愕然とせざるを得ないような企業の不祥事が起こっている中、発想の転換を含めて色々なことが必要な時機にきていると痛感しています。今行われている改革の中で不合理な改革があれば皆さん方もそれぞれのお立場で、声をあげていただかなければ、自分たちが困るどうしようもない絶望的な状況に陥ってしまいます。政党にあまり期待するわけにはいきませんから、私はメディアの人間ですので、テレビや活字を通して本日お話したようなことを、可能な限りこれからも問題提起していきたいと思っています。そして、この現段階でわが国、日本をよい方向にもっていければと願っています。本日のお話が皆様方のこれからのお仕事に何らかの参考になればと思います。