No.119 奇妙な年表

ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、私は7月20日に、日本テレビの「知ってるつもり」に出演しました。「原爆の父」と称される理論物理学者、ロバート・オッペンハイマーを取り上げた番組でしたが、この番組出演の準備のために私は、太平洋戦争や原爆に関する書物をたくさん読破しました。そして今まで知らなかった多くの事実を突きつけられ、非常に大きな衝撃を受けました。今月は「戦争・原爆特集」ということで、先のテレビ出演準備のために読んだ資料の中から、是非、皆様に知っていただきたいと思った記事や書物をご紹介する予定です。

奇妙な年表
— 爆撃に関する米国の主張がどのように変わっていったか —

デイビッド・ローレンス

 東京発のニュースによると、広島と長崎の原爆投下により死亡、負傷、および家を失った人々の数は、子供を含む男女合わせて約48万人にのぼり、うち死者は9万人以上、負傷者は18万人であったという。(以下に紹介する様々な資料の抜粋から、米国政府が爆撃に対してどのような姿勢をとってきたか、その興味深い変遷を辿ってみることにする。編集主任デイビッド・ローレンス)

ハーグ条約 (1899年)

 「19世紀には文明の進化とともに、戦争において、敵国に属する個々人と、戦闘員からなる敵国そのものとの概念が明確に区別されるようになった。武器を持たない国民は、その命も、財産も、名誉も可能な限り戦争で奪われることがないようにすべきであるという原則がますます認識されるようになってきた」(米国調印)

ハーグ条約 (1907年)

 「無防備の町、村、居住地、建物に対する、いかなる攻撃または爆撃も禁止する」(米国調印)

在日米国大使館より、日本国外務省に宛てた書簡(1937年9月1日)

 「8月26日夜の中国南京に対する大爆撃で、中国人および外国人の非戦闘員の生命および財産が危険にさらされた。この事実に対して米国政府は人道的配慮および国際礼譲から一国の政治的中心地への爆撃が禁止されていることを鑑み、今後そうした日本政府の行動を制限すべきであると考える。……米国政府は、軍事目的が何であろうと、結果的に教育およびその他の非軍事目的用財産を無差別に破壊し、負傷や痛ましい死を一般国民にもたらす活動を中止するよう要求する」

在日米国大使ジョセフ・グローより、東京の外務省に宛てた書簡(1937年9月22日)

 「米国政府は、多くの住民が平和目的で居住する地域に対して広範囲に爆撃することは、いかなる場合にも許されるべきではなく、また法的、人道的な原則に反すると考える」

国務長官代理の声明 (1938年6月3日)

 「極東およびヨーロッパでは、米国民および政府が遺憾とする戦争行為が今なお続けられている。女、子供などの非戦闘員を大量に殺戮するような冷酷な爆撃が行われている戦争行為を、米国の世論は野蛮であると見なしている。昨年数回、特に1937年9月28日と1938年3月21日に、国務長官は米国の見解として、平和目的で住民が生活する居住地に大爆撃を行うことはいかなる場合も、法的、人道的な原則に反すると発表した。過去数日間、中国およびスペインで空爆が行われ、その結果、数多くの一般市民が命を失った。米国政府は内政不干渉を固持する一方、近代文明に不可欠な人道的な行為基準の最も基本的な原則に反するものとして、そのような戦争行為を強く非難する」

ルーズベルト大統領より、英国、フランス、イタリア、ドイツ、ポーランドに対し、非戦闘員への空爆中止を要請 (1939年9月1日)

 「過去数年間にわたり、地球上の様々な地域で見られる野蛮な戦争行為の最中、無防備な一般市民の居住地に冷酷な空爆を行い、それによって何千人もの男女、子供が負傷し、死亡している。このような状況に対して、良識ある男女は嫌気がさし、また強い衝撃を受けている」
 「現在世界が直面している悲劇的な戦闘において、このように野蛮で非人道的な行為が繰り返されれば、戦争には全く参加していない、全く戦争責任のない、何十万人もの罪のない人々の命が失われることになる。このような観点から私は、戦争の当事国となる可能性のある国々の政府に対して、次のように緊急に呼びかける。敵の国々もまた同じルールに則って戦争を遂行するということを信じて、たとえいかなる理由があっても、またいかなる状況下においても、空爆を行わないよう要請する」

ルーズベルト大統領より、ポーランド大統領へのメッセージ(1939年9月18日)

 「ドイツの戦闘機が大した軍事目標もないポーランドの町や村に空爆を行ったことによって、数千人のポーランドの一般市民が死亡または負傷したという電報を受け取った。何十万人もの命が犠牲となり得ることから考えて、交戦国の政府は、空中から無防備な居住地の一般市民に対して爆撃を行うことを再度禁じ、非戦闘員の生命に配慮するよう徹底することを心から希望する。そうした状況は、9月1日の私からの要請に対して各国が対応することにより生まれる」

ルーズベルト大統領より、米国飛行機メーカーに対する声明 (1939年12月2日)

 「米国政府および米国民はこれまで一方的に一般市民を一掃する空爆を、熱心に非難する政策をとってきた」
 「米国政府は、そのような空爆が再燃する中、爆撃物資によりそれを助長することがないよう、米国の飛行機、航空機器および飛行機の資材メーカーおよびその輸出業者に対し、明らかに一方的な爆撃を行っている国との輸出契約交渉の際には、その輸出がこの爆撃を助長するものであることを再認識するよう呼びかける」

ルーズベルト大統領より、米国赤十字会議に対するメッセージ (1940年5月1日)

 「無力で無防備な一般市民への爆撃は悲劇であり、全人類の恐怖を掻き立てる。私は米国が一貫してこの非人道的な行為を禁止するよう先頭に立って主張してきたことを誇りに思う。国際赤十字が1938年のロンドン会議において、将来そのような野蛮な行為を禁止すべく、各国と共同してそれに立ち向かうよう呼びかけたことを私は嬉しく思う」
 「しかし残念ながら、各国政府はこの赤十字の提案通りに行動してはいない。米国政府に関しては、一般市民および非戦闘員を保護することになる、いかなる国際条約に対しても強力に支持することをここに保証する」

トルーマン大統領より、米国民に向けた演説 (1945年8月9日)

 「軍事基地、広島に最初の原子爆弾が投下されたことを世界は指摘するであろう。それは米国がこの最初の原爆投下で、一般市民の犠牲者を最小限に抑えるためにとった措置である。しかしあの投爆は、これから起きることへの警告にすぎない。日本が降伏しなければ、米国は日本の軍事産業にも原爆を投下しなければならず、不幸にも、数千人もの一般市民の命が失われることになるであろう。……米国は原子爆弾を使用した。我が国がこの爆弾を使用した相手は、何の警告もなしに真珠湾を攻撃し、米国人捕虜を飢えさせ、虐待し、処刑した。また彼らは国際法に定められた戦争法規の一切を無視した。よって我が国は原爆を投下したのである。米国が原爆を投下したのは、戦争が米国民にもたらす打撃をこれ以上長引かせないために、そして何千人もの米国の若者の命を守るためである」
 「米国は日本が戦争を行う力を完全に破壊するまで、原子爆弾を使い続ける。日本が降伏しない限り、それをやめるつもりはない」

[Copyright, August 31, 1945, “The United States News & World Report.”]