No.444 情報化の普及には易しい日本語で説明を!

今回は、弊社の昔からのお客様であり、このOur Worldシリーズの読者でもある公江義隆様より、ご寄稿いただきました論説をお送りします。ソフトウェアを扱う会社の経営者として、私が常日頃、社員に伝えてきたことを、情報技術をお使いになる方、購入される方の立場からご指摘されています。是非、お読み下さい。皆様からのご意見をお待ちしております。

情報化の普及には易しい日本語で説明を!

公江義隆

 経営者に対する最近のアンケート結果などを見ていても、情報化投資の効果がよくわからない―――つまり情報化、情報技術がよく理解できないという答えが過半数を占める。

 “IT”という言葉の氾濫の裏では、世の中に不満と不安がそれ(氾濫分)だけ増大している。

 何故この問題がわかり難いのかの原因の一つに、アルファベット三文字略語と片仮名言葉の氾濫、それに説明の仕方があるように思う。

【 問題―1 】

 少し前、公的資金投入の是非論華やかなりし頃、「総額10数兆円 、“まみず”は数兆円で…」などという話をTVや新聞で見聞きすることがあった。

 「皆様は“まみず”とは何かを十分理解できたでしょうか?」

 日本語でも業界?言葉はわからないものである。

 情報技術の分野でも何か新しい言葉が伝えられると、すぐそれが氾濫するようになる。

 「クリック アンド ブリック」などと、語呂合わせを受け売りする人が出てくる。比喩はわかり難いことをわかり易くするためのものである。何のことか説明の要る比喩は本末転倒である。

 始末の悪いのは、よくわからないのに使っているうちに何となくわかったような気持ちになってしまう人が意外に多いらしいことである。チョット意地悪い質問をしてみると、まず「そんなことも知らないのか」といった顔をされ、返って来るのは何処かに書いてあったか誰かが言っていたのと同じ内容の金太郎飴的答えが大変多い。応用問題や具体的問題に即した答えを、素人にわかるように説明してくれる人は限られている。単に知っているということと、理解できているということとの差は大きい。

 専門家には相手の土俵に出ていって、相手に合わせた説明が求められて当然と思うが、現状は逆で、専門家が素人を専門の世界へ引き入れようとしているように見えて仕方がない。普通の人からはわからない話になって当然であろう。経営者や業務の責任者には考えるべき難問題が山とある。半年や1年で世の中から消えていく流行りのキーワードなどを追いまわしている余裕などはないはずである。

 “IT”は“情報(通信)技術”では何故いけないのか?

 “企業間取引”が、“BtoB”になり、さらに“B2B”にまでなるのは何故なのか?

 “ソリューション…・”を“問題解決…・”と何故いえないのか?

 永年、情報技術については買い手側、利用者側に居た筆者にとっては、アルファベット略語、片仮名言葉の氾濫した話を聞くと内容の空虚さを感じ、売り手側の自信のなさを見る思いがする。

 もし、ソリューションを”問題解決“といえば「あなたには何が解決できるのですか?」と直接問われることであろう。これをはっきりさせることが本当は大切なはずである。このためには目的を明確にした勉強も必要になる。外国語/片仮名の曖昧なイメージでの先延ばしも、そろそろ限界の時期のように思う。

【 問題―2 】

 それでも、次から次に新しい言葉が出てくる。わからないことをわかってもらうためには、当然ながら、相手が既に知っている、わかっていることで、それも短時間で説明することが必要になる。

 かつて筆者のいた職場で、投資額10億円の情報化テーマのプロジェクトの説明に経営会議でもらえる時間は精々10分であった。会社の抱える他の経営課題の大きさや数を考えれば疑問のない時間配分だった。

 何年間もかけた研究成果を問う学会などでの発表時間も15分か精々30分である。

 「LANとイントラネットは何処が違うのか?」と問われ、貴方ならどう答え(応え)ますか? 

 口頭なら精々20-30秒、文章なら精々2-3行で相手を納得させないといけないのが現実である。相手により、また、その時に背景となった問題により内容は異なってくる。

 一番良いのは、こんなことに興味や疑問を感じさせないようにすることではあるが。

 情報関係の人(技術屋)は機能的に物事を説明しようとする傾向が強い。できるだけ正確、厳密に、相手の質問に忠実に説明しようとする。このやり方では、わからないこと一つを説明しようとすると、別のわからないことを三つくらい使わないと説明できなくなる。当然わからない三つについて質問が出る。さらに九つの難解な問題を述べなければならなくなる。相手にすれば話を聞けば聞くほどわからなくなる。「もう、よい」といわれる。そういわれたのを、わかってもらったと勘違いする人が出てくる。

 皆さんの周りでこんなことになっていることはないでしょうか?

 多くの場合、経営者や業務部門の人達が知りたいのは、中の仕組みや機能ではなく、自分の会社や仕事の何にどのように使えるか役立つか、どう関係があるかである。よくわからない分野のことに対する質問は妥当な内容ではない場合も多い。こんな場合、相手の質問にまともに答えようとするほど話がおかしくなっていく。相手が何を問題にしているのかを考えてから、答えるまでに一呼吸、二呼吸が必要になる。

 多くの場合、経営者や業務担当者にとって仕組みや技術はいわゆるブラックボックス(適当な日本語をご存知の方、お教え下さい)で良いはずなのである。情報技術により社会がどう変わっていく、自分の会社をどう変えられるかには大いに“関心”を持つ必要はあっても、技術や仕組みに“興味”を持つのは良いことではないかもしれない。もっと大切な問題が山とあるのが普通である。

 「コンピュータどうしを電話線で繋げば情報のやり取りができる」という程度の知識で大部分の場合は事足りるはずである。このような理解でなら情報技術の進歩は日進月歩というほどではない。

 買い手/利用者側にとっては“情報技術――IT”は技術の問題ではないのである。

 ドッグイヤー(これも説明の要る比喩)はこれを事業にする売り手側の問題ということになる。

 人間は言葉で考える。日本人は日本語で考える。わからない言葉は思考を妨げる。

 顧客、利用者に情報技術を理解してもらい、自分達の仕事を円滑に進めていくためにも、情報分野に従事する人にとって日本語を大切にする努力が、今、大変重要と思う。

公江義隆(y-koe@alum.calberkeley.org)

[“ F & S FRASH ”—2000-12号より許可を得て転載]