No.463 デフレ阻止へ緊急提言:株式市場再生に総力を結集せよ

今回は、『読売新聞』の緊急提言「株式市場再生に総力を結集せよ」に対する私のコメントを紹介します。

デフレ阻止へ緊急提言:株式市場再生に総力を結集せよ

『読売新聞』 2001年3月16日
◆ 今国会で株価対策実現を 株式投資の魅力を高めよ

読売:  株式市場は「経済を映す鏡」と言われてきた。だが近年は、鏡に映し出された株価が日本経済という“実像”を揺り動かしている。バブル後の最安値を切った株の急落は、投資や消費を一層冷え込ませ、それがさらに株の下落を呼ぶ悪循環を引き起こしている。

耕助:  この記事は「株の急落は、投資や消費を一層冷え込ませ」といっているが、可処分所得の多くを株価収益に依存していない限り、株価下落が即座に消費の冷え込みにつながることはあり得ない。この記事がいうように、日本の個人金融資産1,380兆円に占める株式比率は5.6%に過ぎない。したがって、株価がどれだけ下落しようとも、消費を増やそうと思えば、残り94.4%の金融資産を使うことができるのである。

さらに5.6%という数字は平均に過ぎない。多くの日本人は年収1,000万円以下で、その収入の多くは消費に充てられ、将来に備えわずかだが行っている貯蓄は、ほとんどが安全な銀行預金や郵便貯金である。したがって、リスクの高い株式投資に彼らの資産が向けられる割合は5.6%よりもはるかに低い。一方、年収1,000万円を超える人々は、それ以下の人々に比べると所得に占める消費割合は低くなり、リスクは高いが高収益の可能性を持つ株に投資する割合も5.6%より高くなるはずだ。加えて高額所得者は、株価上昇時に消費を減らす傾向にある。なぜなら、高級品の購入に充てる所得を値上がりしている株の購入に回すからである。

株価の下落は消費を減退させないし、投資にもほとんど影響を与えないだろう。日本の問題は、生産性向上により製品やサービスが市場に溢れ、それに需要が追いつかないことにある。ロボット、コンピュータ、携帯電話、インターネット、自動販売機、その他の技術革新によって、製品やサービスの生産能力は我々の消費能力をはるかに超えている。企業が設備投資を抑えているのはこうしただぶつきのためであって、株価の下落によるものではない。供給が溢れて売れる見込みがないのに、企業が設備投資を増やすだろうか。

デフレの原因も株価の急落ではなく、供給過剰にある。デフレとは価格の下落でしかない。そして価格が下がるのは、製品やサービスの供給が需要を上回るときである。小売、卸、生産者が商品やサービスの価格を下げるのは、売れ残りそうなときであり、完売できそうなときには価格を下げることはないだろう。

またたとえ供給過剰でないとしても、株価が設備投資に与える影響はほとんどない。企業の設備投資資金は、収益、銀行融資、あるいは新株の発行によって賄われる。たとえ株価が下落しても、株式運用を本業にしている企業でない限り、企業収益が減ることはなく、したがってそれが設備投資減少の原因にはなり得ない。また、個人金融資産1,380兆円のほとんど(94.4%)が株式ではなく銀行などに預けられているのだから、企業は銀行から設備投資向け融資を受けられるはずだ。最後に企業が株で設備投資資金を調達できるのは、新株を発行したときだけである。その後の株の売買からは企業に設備投資資金は生まれない。すなわち株価が影響を与えるのは、株の売買で金儲けを狙う賭博者や博打を促進したいカジノの利益であって、設備投資用の資金ではない。
読売:  悪い連鎖を断ち切るには、マクロ経済政策と株価対策を動員して景気回復を急ぎ、企業業績や株価の先行き懸念を払しょくすることが肝心だ。

耕助:  この提言から、日本の指導者やメディアがいかに堕落してしまったかがわかるだろう。日本人には利幅は低いが安定かつ保護された貯蓄先もあれば、株式など、利幅は高くても高リスクの投機先もあり、どちらを選択するのも自由である。資金的余裕のない国民は銀行や郵便局など安定した貯蓄先を選ぶだろうし、富裕者はリスクを冒す余裕があるため、より高収益を求め、株やその他の金融商品で投機を行うだろう。この記事で『読売新聞』が提案していることは、政府の政策や対策、ひいては税金を通じて、日本国民すべてに、一部の、しかも最も裕福な人々しか所有しない株の価値が下がらないよう協力させようというものである。

読売:  加えて、日本の株式市場が抱える「担い手不在」の構造問題に切り込み、膨大な個人の金融資産を呼び込む措置を実施しなければならない。

耕助:  莫大な個人金融資産を株式市場に呼び込む措置を政府に提言する『読売新聞』は、極めて無責任である。前号のOur Worldで紹介した2つの記事をお読みいただきたい。『読売新聞』の提言は、労働者や退職者など、アマチュア投資家を投機専門家の餌食にする状況を作り出すことを政府に勧めるものである。

アダム・スミスが『国富論』で強く主張した分業化は、産業革命後の進化の主要部分であった。そして、誰もが洋服やビール、家電など、必要なものをすべて自分で作ることが無駄であるのと同様、国民すべてを株式投資の専門家にするのはまったく無意味である。近代社会は金融機関を十分規制し、その中で国民は自分のニーズに合った安全性とリスクを組み合わせることが可能だった。日本でも平成以前はそうした金融制度のもと、貯蓄が社会にとって有益な分野に流れるよう規制されていた。

読売:  最近の株式市場の特徴は、銀行や企業が持ち合い解消のため大量の株式を売る一方で、これに立ち向かう買い手が消えてしまったことだ。一時、買いの主役だった外国投資家は、ニューヨーク市場の下落もあって動きを止めてしまった。

耕助:  持ち合い株の売却により、日本の銀行や企業の株式持ち合いを解消するよう日本政府に圧力をかけたのは米国政府である。そしてそれは米国政府のスポンサーである米国金融機関が、日本株を破格値で買収できるようにするためだった。また、そうして市場に出た大量の株式を買い取ろうとする日本の買い手は「消えた」のではなく、初めから存在しなかったのである。外国人投資家は、他にもっと良いところを見つければ投資先を日本から他の地域に変えるのは当然である。したがって問題を作り出したのは米国の圧力に負けて、持ち合い解消を促進した無能で臆病な日本政府とメディアであって、株を買わない日本国民ではない。

読売:  国内にも、日本経済の根幹である株式会社制度を支える「スポンサー」が見当たらない。こうした投資家の層の薄さが東京市場を、ひたすらニューヨークの株価に追従する主体性のないものにしている。

耕助:  日本の勤勉な労働者は、他の先進国よりも国民1人当たりの消費額が20~50%多いにもかかわらず、所得に占める貯蓄の割合はかなり高い。これは以前から変わっていない。変わったのは米国の圧力に屈して金融機関が規制緩和されたことであり、それによって日本の金融市場は、今やニューヨークや米国の他の金融市場に従属する形となったのである。

読売:  1,380兆円を超える個人金融資産が長期的、安定的に流れ込む、魅力ある株式市場を作らなければならない。

耕助:  これは間違っている。巨額の個人金融資産の大部分は、高度経済成長以来、安定した銀行や郵便局に預けられてきた。高度経済成長期と現在との違いは、預貯金が、国内外の投機ではなく日本企業への融資に回るよう促してきた規制がなくなったことだけである。解決策は規制を復活させるしかない。

読売:  それにはまず、自民党など与党三党が、2月の証券市場等活性化対策中間報告と、3月の緊急経済対策で示した金庫株(自社株の取得・保有)解禁などの株価対策を早急に実現することだ。政府は、危機感とスピード感を持ち、今国会中に関係法令や税制の改正を実現するという強い決意を内外に示すべきだ。金庫株の解禁は、持ち合い解消の売りを吸収し、需給の悪化を和らげる。

耕助:  この提言は愚の骨頂である。この記事の中で『読売新聞』は、設備投資や消費を促進するために株価を押し上げるべきだと政府に提言しておきながら、同時に金庫株解禁を勧めている。金庫株が解禁になり、企業が自社株を取得すれば、その分設備投資が減ることを考慮していない。企業が自社株を買えば、その株価が上昇あるいは維持され、株の投機家やストックオプション取得者である経営者は助かるかもしれないが、その購入資金は設備投資に向けられるはずの資金であることを忘れている。

読売:  株への投資単位を引き下げれば、資金力の乏しい個人投資家も、株価の高い優良株に投資しやすくなる。株式譲渡益課税の減免をはじめ、証券関連税制の優遇措置は、投資家層の拡大に向けた呼び水になろう。

耕助:  政府が株への投資単位を引き下げれば、個人投資家が貴重な貯蓄を株に注ぎ込むようになり、その結果、前号で紹介した米国民同様、なけなしの貯蓄を巻き上げられるのがおちである。

読売:  リスクをとった投資資金が得た利益に対して、リスクに見合う税の優遇を認める措置は、ドイツやイギリスなども採用し、世界的な流れになっている。

耕助:  株を買う余裕のある、裕福な人々が行う博打の利益に対する課税を、就労所得に対する税率よりも低くする必要がなぜあるのだろうか。使うあてのない資金を株にして博打を行う人々を、地道に働いて生計を立てている人々より優遇する必要が、どうしてあるというのだろうか。

読売:  投資信託手数料の引き下げや市場の公正性の確保など、個人投資家の信頼を得る努力を証券界自身が真剣に行うのも当然のことだ。こうした対策は、特に目新しいものではないが、重要なのは、着実かつ早急に実行に移す政治のリーダーシップと行動力だ。政治空白で打つ手が遅れれば、市場が機能不全に陥り、日本経済はデフレの凶悪な手に捕まりかねない。

耕助:  日本経済はすでにデフレスパイラルにある。しかし、それは株価の影響ではない。製品やサービスの価格が下がっているのは、技術革新により内需や輸出が追いつかないほど多くの製品、サービスを生産できる能力が生まれ、供給が過剰だからである。株式市場や株売買の条件は、この根幹の問題とは無関係であり、それを変えても問題の根本的な解決にはまったくならない。

◆ 「個人」の投資促す税制に

読売:  日本5.6%、イギリス17.3%、アメリカ21.2%。各国の個人金融資産に占める株式の割合である。1,380兆円の個人金融資産も、株式市場にとっては「宝の持ちぐされ」となっている。

耕助:  一般労働者の貯蓄を略奪したがっているプロの株投機家から見れば、まさに「宝の持ちぐされ」にちがいないだろう。

読売:  日本の比率は、以前から低かったわけではない。東京市場の株価がピークをつけた89年には、日本は13.8%と3ヵ国の中で一番高かった。だが、欧米の株式市場が個人の資金を吸収した90年代に、日本では逆に流出が続いたのだ。

耕助:  アジアの個人金融資産が、国内の金融機関から欧米の株式市場に流れ始めたのは、日本のビッグバンや、他のアジア諸国の金融市場開放の後である。それまでは、堅実なアジア人の貯蓄は主に国内の企業に流れ、それが世界最高の品質と生産性の構築に役立っていた。金融機関が手っ取り早い利益増を狙って欧米の株式市場に投資できるようになってから、個人金融資産の海外流出が始まったのである。

読売:  大和総研の吉川満制度調査室長は、その原因を「日本では株式投資を金持ちのものと決めつけ、税制などで冷遇してきたためだ」と分析する。

耕助:  そう、株式投資は金持ちのものなのである。前号のOur Worldを読んで欲しい。また米国において最上位10%の国民が株価収益全体の86%を所有し、残りの90%が所有するのは14%に過ぎない。日本はおろか、米国でも「株式投資が金持ちのもの」であることは明らかである。

読売:  日本の株式譲渡益課税は、申告分離方式の場合で売却益の26%と、預貯金金利の20%より高い。損失を次年度以降に繰り越して、所得税の減免を受けられる欧米各国のような制度もない。

耕助:  私は、株取引は競馬やカジノと何ら変わらないと考えている。競馬や他の博打の損失を次年度以降に繰り越して、所得税の減免が受けられるようにしていないのに、なぜ株式市場の博打だけ優遇する必要があるのだろうか。

読売:  「利益には重い税」「損失には恩典なし」では、個人投資家が株にソッポを向くのも当然だ。

耕助: 不労所得である株の、「利益には重い税」「損失には恩典なし」は当然である。

読売:  個人の資金を株式市場に呼び込むにはどうしたらいいか。個人投資家層の育成に成功した先進国の取り組みがヒントになる。ドイツは、東西ドイツ統合に伴う混乱を乗り越え、ドイツ企業の国際競争力を高めるには、株式資本市場の強化が不可欠だとして、90年代初めから、株式市場活性化に向けた税制改革などを進めた。個人の株式譲渡益は原則非課税で、低所得層には株式投資の奨励金も支給している。個人金融資産に占める株式比率は、89年の2.9%から、10年後の99年には13.1%にはね上がった。

耕助:  各国の状況は異なり、そのための政策も違って当然である。ドイツが東西の統合に伴う混乱を乗り越え、国際競争力を高める必要があったからといって、統一に伴う混乱もなく競争力も世界一の日本が、ドイツと同じ政策をとるべきだという理由にはならない。実際、ドイツでも株に集中したあまり、米国と同様の問題が起きている。詳しくは次号で取り上げるので、お読みいただきたい。

読売:  与党は3月9日の緊急経済対策で、株式譲渡益課税の税率軽減や損失の繰り越し控除制度の創設を明記した。方向性は時宜にかなっている。

耕助:  方向性は本当に時宜にかなっているのか、それとも単に今の腐敗を反映しているだけなのだろうか。日本国民のための対策なのか、それとも、政治献金や賄賂、天下り先、広告提供を通じて、政治家や官僚、メディアを支配する金持ちや大企業のための対策なのか。

読売:  これらのほか、株の相続税や贈与税を軽減する措置も早急に検討を開始し、株の長期保有を促さなければならない。

耕助:  富裕者層は消費税増税、所得税課税最低額の引き上げ、福祉の削減などですでに優遇されているのに、さらに減税しようというのだろうか。

読売:  ところが、税制改正に大きな力を持つ自民党税制調査会の山中貞則最高顧問が、今国会での証券税制の改正を否定するなど、与党内での足並みの乱れが表面化した。国民は対策の早期実現に疑問を持っている。

耕助:  疑問を持っている国民とは誰のことなのだろうか。

読売:  原則として年末しか議論をせず、1つの税制改正に何年も費やす税調の「腰の重さ」が、デフレの危機には致命傷になりかねない。

耕助:  繰り返すが、現在日本がデフレの状況にあるのは供給過剰が原因である。この記事の提言の中で、デフレの根本的原因である供給過剰を解決するものは1つもない。読売の提言はむしろ、このデフレ危機に乗じて政府は、より多くの労働者や退職者に株へ投資させ、金持ちや大企業をさらに税で優遇すべきなのだと、読者に信じ込ませようとするものである。

読売:  政府・与党は、世界第2位の経済大国の証券市場が外国人投資家に振り回されることのないよう、分厚い個人投資家層を作る国家戦略を掲げ、ただちに作業に着手すべきだ。

耕助:  個人の貯蓄を株式市場で略奪の危険に晒させることは、株式市場のプロの詐欺師に貴重な貯蓄を手渡すことに他ならない。「世界第2位の経済大国の証券市場が外国人投資家に振り回されることのないよう」にするためには、規制緩和の大合唱が起こる前の状況まで、規制を再強化すべきなのである。

読売:  むろん、政策対応だけでは投資家は戻って来ない。株式投資の「入り口」となる株式投資信託の手数料負担は、アメリカでは投資額の1.3%程度だが、日本では3.5~4.5%と2倍以上だ。「投信販売シェア6割の証券大手3社の意向に反しては手数料を下げられない」(投信評価会社)といった投資家軽視の状況は放置できない。頻繁に設定と解約を勧めて手数料稼ぎをする「回転売買」の慣行も、「アメリカでは証券取引法に反する詐欺的行為」(在日米国商工会議所)とひんしゅくを買っている。証券界自身が、個人投資家の獲得に努力するだけでなく営業姿勢を改めてエリを正さなければ、郵便貯金などに流れる個人の金融資産は株式市場に回ってこない。株式市場には、起業家を育成し、日本経済を活性化させる責任があることを政府も証券界も自覚しなければならない。

耕助:  この長い記事の中で最後にようやく正直で有効な提言が登場した。ここに書かれたように、個人投資家の獲得に躍起になるのではなく、また税の優遇策で腐敗を助けるのでもなく、政府のすべきことは市場から腐敗を取り除くことなのである。もちろんそれだけでは、供給過剰が原因の日本のデフレ危機は解決しないが、日本の品位をいくぶん回復させると同時に、勤勉で堅実な労働者からの略奪を減らす助けにはなるだろう。