No.492 パールハーバー・アナロジー

今回は世界中を震撼させた同時多発テロ事件に関連して、“パールハーバー・アナロジー”という記事を一足先にお送りします。これは米国在住の筆者、杉田成彦氏による最新の米国事情および様々な日米比較分析をテーマとした寄稿文です。米国在住である筆者、杉田成彦氏は、私が日本で母国米国のことを批判的な目で見ているのと同じように、カリフォルニア州から日本のことを客観的に分析しています。

杉田 成彦

“外敵を国内に寄せ付けなかった平和なアメリカは、消え失せた”と、アメリカ人を震撼させた去る9月11日の同時多発テロ事件は、アメリカで生活する者にとって、あまりにも「非現実的な現実」であった。嘘のような出来事を、日常と結びつけようとするたびに、激しい不安にみまわれ、背筋が凍った。

テロ攻撃にさらされた東海岸とは反対側に位置するサンフランシスコ一帯も、その日は、朝から異様な空気に包まれた。すべての政府・公共機関と学校、ほとんどのビジネスが閉鎖され、午前中から帰宅ラッシュが始まった。厳しい表情で黙り込む人びとの群れに、街の空気は固体のように重苦しかった。

事件後、私は数日間、あらゆるテレビ局(*)の報道をつぶさに見続けた。そして凄惨なテロ攻撃の戦慄に憔悴させられると同時に、もう一つの現象に、身も心も、やりきれなく弛緩していくのを感じたのであった。それは、これらの番組の中で、政治家から軍人、コメンテイター、学者、文化人、そして市民に至るまでのすべてのアメリカ人が、このテロ攻撃を「第二のパールハーバー」だと連呼していたからである。

今回のテロ事件は、地球上の多様な文化の共存を否定する言語道断の卑劣な暴力破壊行為なのであって、現代とは異なる国際情勢の文脈の中で起きた「パールハーバー」という、未だ多くの検証を必要とする歴史事象とは、まったく性質が違うものだ。この「テロ事件」と「パールハーバー」のあまりにも単純な同罪化は、アメリカで暮らす日本人を一時的にせよ、進行中の巨大な悲劇の疑似加害者に仕立て上げた。

人は重大局面に置かれたとき、過去の経験と教訓を基に現状を「類推」し、とるべき行動を決定しようとするが、まさに「パールハーバー」は、アメリカにとっての国民的な「類推(アナロジー=Analogy)」の基盤になっていることが、強烈に示されたのであった。

「アナロジー」とは、指導者の意思決定を大きく左右するため、国際関係を分析する有効な手法になっている。例えば、湾岸戦争でブッシュ元大統領がとった行動の背景には、1930年代にイギリスとフランスが、ヒトラーに対して断固とした態度で臨まず「宥和策(Appeasement)」で対処したことが、ヒトラーによるヨーロッパ侵攻を招いたという教訓があった、とされることなどが「アナロジー」の役割を示す良い例である。

今回のテロ事件で、アメリカ中に湧き出た「パールハーバー・アナロジー」が、指導者だけでなく、アメリカ人全体が条件反射的に行った圧倒的なアナロジーであったことは、「パールハーバー」こそが、アメリカが太平の眠りから覚めた唯一の対外的大事件であり、正義への卑劣な挑戦として記憶されていることを、改めて確認させた。今回のテロ事件によって「パールハーバー」は、新たな血肉を与えられ、現代のアメリカ人の心によみがえったのである。

実際、NBCテレビの学生たちへのインタビュー特集の中で、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の生徒会長は「このテロ事件は、私たちにとってのパールハーバーなのです」と語り、私の勤める会社で催された「癒しの会食」でも、多くのアメリカ人社員が、「パールハーバー」とテロ事件をだぶらせた。そして、少なくない数のアメリカ人が、テロリストに「核をお見舞いしてやるほかない」と言い放つさまは、「パールハーバーで始まった悪の陰謀が、原子爆弾の投下を招いた」という短絡的なシナリオの揺るぎなさをも顕示した。

また、一連の「パールハーバー・アナロジー」は私に、この夏、日本のあちこちで見かけたハリウッド映画「パールハーバー」の日本向け宣伝コピーを思い出させた。それは“日本中が愛と友情に絶賛”した“世紀の大河ロマン”(**)というものだった。「卑劣なテロ攻撃」と「ラブストーリー」…。パールハーバーを解釈する「アナロジー」の源が、アメリカと日本でかくも異なっていることに、私の思考は立ち止まる。そして、一つの過去が歴史的な精査も定義付けも済まぬまま、アメリカと日本で、互いに接点を持たない別々の色に、さらに染められていのを、私は呆然と見送っている。

アメリカ人から見た私たち日本人のイメージと、世界における日本の居場所。国民的レベルで近代史に複眼的な肉付けを行ってこなかった日本。そして、歴史的事件が人びとに呑ませる煮え湯は、国民的物語となって、否応なしに次の歴史の土台を作っていくという真実…。今回のテロ事件があぶり出した「パールハーバー・アナロジー」によって、私は日本人として、テロの卑劣さと悲惨さ以外のことにも、思いを馳せざるを得なかった。

【参考資料】

* ABC、NBC、CBS、FOXの4大ネットワーク、それらの北カリフォルニアにおける各地方系列局、CNNなどのケーブル局、PBS系の公共各局によるテロ事件関連番組
** オリジナル・サウンドトラック「パールハーバー」公式広告(ワーナーミュージック・ジャパン)、および横浜駅西口相鉄ムービルの映画広告