No.540 企業犯罪と罰

エンロンに始まった米国の企業会計の不正が跡を絶ちませんが、今回は米国における企業犯罪に対する罰を今と昔で比べてみたいと思います。是非お読みください。

企業犯罪と罰

 

粉飾決算や不正会計問題に揺れる米国で、ブッシュ大統領は投資家への詐欺行為は最長20年、インサイダー取引などの証券詐欺は最長25年の禁固刑に処すといった内容を盛り込んだ企業会計改革法案に署名した。
八月半ばには、地元テキサス州ウェーコで政府閣僚や経営者を集めて経済フォーラムを開催した。その時スピーカーの1人として招かれたのが、シスコシステムズのCEO、ジョン・チャンバースだ。

株主や社員を欺く

わずか2年前、シスコの時価総額は5000億ドルを超え世界一だった。チャンバースの報酬も世界一で2000年の年収は実に180億円にも達した。シスコこそ、ニューエコノミーの華やかさとオールドエコノミーの堅実さを持ち合わせた優良企業だともてはやされた。
ただしシスコの問題は、株価が高騰していた時にそれをストックオプション(自社株購入権)として社員に払ったり、株の追加発行により企業買収を行うという会計手法を使ってきたことだ。
ストックオプションを費用計上していればシスコの収益は大幅に減っていたはずだ。しかし、この手法は合法的な会計手法であるため、同社の時価総額は4,000億ドル以上下がったものの、エンロンのような犯罪事件にはなっていない
エンロンは不正会計が明るみに出て破産し、800億ドルの時価総額が消滅したが、本当に恐ろしいのはシスコのように法律を破ることなく、株主や社員を欺いている場合だと私は思う。つまり、一部の経営者は合法的に億万長者となり、その影で株主や社員が株価暴落で数十億ドルを失うのだ。
合法的会計手法の1つ、ストックオプションを利用すれば、それを費用計上しないことにより収益がかさ上げされるだけでなく、株価を短期的に上昇させることを経営者に奨励することになる。シスコのように合法的会計手法で株価を上昇させるだけで180億円が手に入るなら、会社がその後どうなろうと誰が気にするだろう。

ストックオプション

ストックオプションが及ぼす悪影響こそが米国企業の不正問題の根源の1つなのである。しかし、ブッシュ政権は企業改革法案から、ストックオプションの費用計上を義務付ける条項を削った。この会計手法を維持したいシスコのチャンバースを経済フォーラムのスピーカーにしたのはそれを肯定したということだろう。
1938年、ニューヨーク証券取引所の所長だったリチャード・ホイットニーは顧客から数百万ドルを横領したとしてニューヨークのシンシン刑務所に送られた。彼の妻は没収された自分の宝石のいくつかを返してくれるよう破産審査員に嘆願した。
ニューディール時代、企業犯罪者に対する裁きは厳しかった。ホイットニーは横領の証拠が出てからわずか五週間で投獄され、それ以前にも検察は彼の自宅、別荘、持ち馬などを売却して被害者に返済させた。当時の企業犯罪に対する裁きは重く、それに伴う破産は意味のあるものだった。
しかし、最近の米国企業スキャンダルではそれが一変している。エンロンでは不正会計報告が発覚してから9ヶ月後、ようやく元幹部が1人、詐欺の罪を認めたが、まだ1人も刑務所に入っていないし、何十億ドルも失った従業員や株主には1セントも返済されていない。
英紙によると、2001年1月以降倒産した米国の大手25社の経営者は一般の投資家や従業員が会社の経営状態を知る前に、株式バブルの頂点で株を売却し約3,900億円を手にしたという。エンロンの元会長は約290億円、グローバル・クロッシングの会長のギャリー・ウィニックは約600億円の株の収益を手にしている。
エンロンの不思議

企業犯罪といえば、80年代にインサイダー取引で投獄されたマイケル・ミルケンがいる。刑期はわずか22ヶ月で約150億円の個人資産を持ち続けることを許された。それと別に、彼の弟、妻、子供も数百億円を持ち続けている。
企業犯罪への罰が甘くなったのはレーガンの時代からで、それ以降起訴されたホワイトカラー犯罪者は半分が保護観察以上の刑は受けていない。当事者は投資分の損害だけで済むかもしれないが、多数の従業員や小口投資家の生活が崩壊するにもかかわらず、である。
現在の問題も1930年代のホイットニーの犯罪も、そのシステムに腐敗した部分があるために起きた。ホイットニーは大恐慌以降、ウォール街のスポークスマンとして議会に対して市場は自己管理ができると主張し、空売り規制を含む証券取引のさまざまな規制に反対した。
ホイットニーも3年4ヶ月で出獄したが、それでもシンシン刑務所は当時、最も厳しい警備の刑務所であり、その狭い独房で灰色の囚人服を着せられ、出獄後はほぼ無一文となった。エンロンの経営者がなぜホイットニーのような扱いを受けないのかと思うのは私だけではないはずだ。