No.682 道徳のない資本主義の帰結

去る4月、イギリスのMGローバーが破たんし、支援先企業を得られずに6千人が失業する見込みとなった。これはイギリス最後の自動車メーカーがなくなるという郷愁的な論調で語られることが多いが、ここで起きたことはもっとも醜い資本主義の手法がとられた一例ということができるかもしれない。

道徳のない資本主義の帰結

 ローバーは一時国有化を経て1994年に独BMWの傘下に入ったが、販売不振からBMWは2000年に解体を決定し、「ミニ」がBMW、「ランドローバー」が米フォードに、そして「MGローバー」はイギリスの投資家グループに売却された。MGローバーを買い取りCEOとなったフェニックス・コンソーシアムのジョン・タワーズが買い取りに支払ったお金はわずか10ポンド(約2000円)だった。

 これを知ったとき私が思い出したのは、経営破たんした銀行に日本政府が巨額の税金を投入し、それから米国の投資会社リップルウッドに売却された旧長銀の買収である。もちろんリップルウッドが支払ったのは十ポンドではなかったが、要はイギリスのハゲタカたちも不透明な条件交渉の中、格安でローバーを買い取ったということである。もしローバーの従業員が同じ条件で買い取るチャンスがあったら、彼らはそれを拒んだだろうか。MGローバーの取締役たちのように会社を略奪し、自分たちの仕事を破壊しただろうか。
 しかしもちろん労働者にそのようなチャンスが与えられたはずはない。MGローバーの破たんは法律を破ることもなく行われた計算され洗練された強奪だった。

 MGローバーは破たんしたが英自動車産業は堅調で、生産される自動車の多くは輸出され、日本のメーカーやプジョー、BMWなどが健闘している。しかしローバーは10ポンドで買い取られてから、生き残りの鍵となったかもしれない新しいモデルを出すこともなく赤字を出し続けた。その一方で4人の経営者は、自分たちに巨額の報酬と役員年金をお手盛りし、価値ある資産をMGローバーから親会社のフェニックスに移していった。

 ローバーの破たんは、政府がビジネスを規制する必要があったことを示していると私は考える。なぜなら10ポンドでローバーを買い取った投機家は、合法的にできるだけ早く多くの利益をあげたにすぎないからだ。ブレアやサッチャー、シカゴ大学を中心に確立された競争と自由市場の有効性を説くシカゴ学派、ブッシュそして小泉政権などが、資本家がするべきことだと挙げていることを投機家は行っただけなのだ。経済は人々が自分の利益のために行動できるように自由放任にしたときに最もうまく機能する、したがって政府の介入は最少か全くないほうがいいという、彼らの思惑通りのことを実行したにすぎないのである。

 従業員や顧客、社会のいずれも考慮されることのない資本家中心の経済理論はまた、現在の主流である規制緩和、民営化、グローバリゼーションを後押しする弱肉強食を正当化するための理論でもある。政府機関が民営化されれば、お金を持つ者がそれを買い取るのは当然だからだ。

 英議会の委員会ではMGローバーの経営者に対する疑惑を追及する公聴会が行われているという。赤字にもかかわらず経営陣向けの年金に巨額の資金が追加されたこと、利益を生んでいたローバーの金融部門やエンジン部門を親会社に移す、つまりその利益をローバー再建に使えないような組織形態にしたことなどが議題となっている。しかしどのような結論が出されるにしろ、職を失った従業員にとってはほとんど意味をなさないだろう。

 かたや米自動車業界に目を向けると、そこでも同じことが行われている。フォード社の会長兼CEOであるビル・フォード・ジュニア氏の2004年度の報酬は、総額で2200万ドル(約23億4500万円)にも上った。報酬の半分はストックオプション(株式購入権)だが、フォード会長と4人の経営トップへの2004年の報酬を合わせると4400万ドル(約47億円)にもなる。

 フォード社の収益は前年比増とはいえ、収益の8割以上をもたらしているのはファイナンス部門であり、ローバーから買い取った稼ぎ頭のランドローバーもガソリンの高騰で今後の低迷は必至だろう。ストックオプションを含むとはいえこの報酬はどうみても正当化できるものではない。その一方でフォード社は米国のホワイトカラー従業員3万2千人のうち約千人を目標に早期退職などのリストラ策を発表している。

 従業員や地域社会に対する責任を負わず、経営者の唯一の目標が自分の報酬を高めることであり、そのためにリストラなどのコスト削減を繰り返す。これが政府の規制、道徳という精神の規制のない資本主義の帰結である。