No.773 貧困解決へ地道な努力

貧困層向けの銀行であるバングラデシュのグラミン銀行総裁で2006年ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏が、新党を結成して総選挙に臨むと、報道された。

貧困解決へ地道な努力

バングラデシュは1971年に独立し、肥沃な土地は黄金のベンガルと呼ばれていた時代もあったというが、現在では貧困国の一つとされている。日本の半分以下の国土に約1億4700万人の人口を抱え、国内総生産の半分以上はサービス業によるが、国民の6割以上は農業に従事する。経済発展を阻害しているのは、人口過剰に加えて多発する台風やそれに伴う氾濫などの地理的要因、そして腐敗した政治が何よりも大きいとされているために、ユヌス氏の手腕が国の運営にどれだけ反映できるのか興味深い。

グラミン銀行は1983年にバングラデシュで設立された貧困層向けの銀行で、「マイクロクレジット」と呼ばれる少額無担保融資の制度が特徴である。担保を持たない人にお金を貸すだけでなく、起業家教育を行うなど経済的自立も支援する。グラミン銀行のウェブサイトによれば借金の返済率は約98%で、バングラデシュ全土で695万人が融資を利用し、そのうち97%が女性だという。

 
日本でも格差が広がっているといわれて久しいが、バングラデシュはその比ではなく国民の45%が貧困線以下で暮らす。グラミン銀行は、貧困の悪循環から助け出すためにユヌス氏が貧しいがやる気のある人に個人的にお金を貸したところから始まった。融資を全員がきちんと返済したため、適切な利率でお金を貸せば貧困から抜け出せるとユヌス氏は確信したという。

 
OECDによれば日本はイギリスに次いでバングラデシュへの主要援助国だが、いくら政府に援助をしても貧しい人々にその恩恵は行き渡らない。食べ物のない人に魚を一尾与えるのではなく魚釣りを教えると一生食に困らない、という諺のように、大切なことはまず「人の自立を援助する」ことなのだ。

先進国と発展途上国の経済格差は南北問題とも呼ばれる。先日、ニューヨークタイムズ紙で、貧しい国の労働者にとって、スウェットショップ(多国籍企業が発展途上国などの関連工場で、過酷な労働条件下で労働者を働かせる工場)よりも大きな問題は、仕事がなくなることだと書いたコラムニストがいた。つまり、先進国が、私が推奨する「外国製品ではなく国産の製品を買う」ようになると、貧困国の人は職を失う、そちらの方が問題だというのだ。しかしこれが多国籍企業のプロパガンダであることはいうまでもない。

バングラデシュが独立した1971年頃、日本でも町の商店街には小さな商店がならび、ほとんどの国民は小規模な企業や店舗、自宅が職場だった。ビジネスは主に地元の人々が対象で女性が家庭で行う「内職」という仕事もあった。グラミン銀行は「内職」する女性を助けることから始まっている。ユヌス氏は竹細工を作って販売する女性が、材料費を高利貸しに頼っていたために儲けが1日わずか2セントにしかならないことを聞き、6ドルを貸し、女性はそのお金で商売を始めた。グラミン銀行の融資額は一件平均7500円である。

グラミン銀行は融資以外に自立のための教育もする。働き、学ぶ子供たちに教育を受けさせることは、まさに釣りの仕方を習得させることだ。国産製品を購入することはバングラデシュのような最貧国の人々の職を奪うことになるという主張は偽善である。すべてとは言わないが、低賃金で劣悪な工場で働かせることは、いつまでたってもそこから抜け出せない。先進国はグローバリゼーションによる大資本が唯一の雇用創出者だと思っているようだが、それは間違いである。多国籍企業、グローバル資本は貧困者の救世主にはなり得ない。

南北の格差を是正するためには、貿易によって公正な見返りを途上国が得られるようにすることも必要だ。たとえばコーヒー生産国にはわれわれが消費するコーヒーの価格の10分の1しか渡っていない。多国籍企業が世界市場を席巻して久しいが、南北格差は広がるばかりだ。貧困の解決が、搾取的な営利の追求にあるのか、貧困層から人々を抜け出させるための地道なグラミン銀行のような手段にあるのか、答えは明らかだ。