No.786 短時間労働の選択肢

6月11日に内閣府が発表した1~3月期の国内総生産(GDP)速報によると、物価変動の影響を除いた実質GDPは昨年10~12月期比0.8%増、年率換算で3.3%増で9四半期連続のプラス成長となり、景気は戦後最長の拡大を続けていると報道された。

短時間労働の選択肢

政府与党は参院選へ向けてか、「経済は順調に成長している」ことをアピールしている。たしかに大企業の3月期決算は最高益を上げた。しかし日本社会全体でみるとどうだろう。

警察庁の発表によると、2006年も自殺者数が3万人を超えた。戦後もっとも長く好景気が続いているという豊かな国で、9年連続して3万人を超す人が自ら命を絶っている。年金増税法によって2005年から高齢者の所得税が増税され、2006年になって住民税の増税となってはねかえった。今年はさらに定率減税が全廃され、6月の住民税から大幅な増税になった。選挙を前に与党自民党は消費税増税については何も触れていないが、選挙が済めば、すぐに消費税増税論議が始まることだけは間違いない。

一般国民には社会保障の切り捨てや増税による負担増、一方で大企業には減価償却制度の拡充、さらには法人税の引き下げも検討されている日本政府の政策が、誰の景気を良くしているのか、これ以上私が説明する必要はないだろう。 

経営者は政治や国家の政策について論評すべきではないと助言される。政府与党の行動に批判的なことは言わないほうが、利益を追求する企業を率いる者として、得策だからかもしれない。しかし同じく経営者の集まりである日本経団連は、さまざまな提言を行って政府に圧力をかけている。メディア大手はそれを喧伝し、あたかもそれが世論であるかのように形づくられていく。

私は、より多くの日本国民の生活の質をあげるためには、労働時間を短くして消費を減らすことだと思っている。これは地球環境にとっても、また有限のエネルギー資源を考えても有益である。しかしこの提案をすると必ず言われるのは「そんなことをしたら日本経済に悪影響が及ぶ」というものだ。

労働時間や消費を減らせば、それと同時にGDPが大幅に減る。しかし本来、国の経済が成功しているか否かをGDPや株価といった指標で測ること自体が大きなまちがいだ。経済が成功しているかどうか、それは最大数の国民にとって健康や幸福がもたらされているか、より平等にチャンスを手にすることを可能にしているか、そして短期的ではなく長期にわたってそれを持続できるか、ということが考慮されるべきだ。

この反面教師として日本は米国に学べばよい。米国社会は、第二次大戦後から70年代半ばまで平等さが増し、国民の生活水準は大きく向上した。労働組合の力で余暇も大幅に増えた。しかし1972年、ニクソン大統領の圧勝を境に、米国は路線を大きく転換した。富裕層の負担を大きく削減し(それによって富はさらに集中する)、同時に貧困層や一般国民の福祉を減らし始めた。この傾向は80年代さらに強まり、それは『自己責任』という名のもとで米国のやり方として定着した。

同じ時期、ヨーロッパの国は違う道をたどった。社会保障は維持されるか、貧困層のためのセーフティネットは多少なりとも改善され続けた。医療や教育といった社会基盤は米国と比べ高い累進課税を課すことでまかなわれた。

この結果、ヨーロッパの労働者の生産性は70年代は米国の65%だったが、2000年の統計では95%に増えた。その一方でヨーロッパのGDPは70年代と変わらず、国民あたりのGDPにいたっては米国の約70%に過ぎない。これは70年代のヨーロッパ人の平均労働時間は米国人より若干長かったが、今では米国の約80%と短くなったからである。生産性の向上にあわせ、ヨーロッパ人は労働時間を短縮し、お金を自由時間と交換していった。

「経済」という視点でみれば、もちろんアメリカは一人勝ちかもしれない。しかし経済は何のためにあるのだろう。ということで、このコラムの先頭にもどる。誤った指標をもとにすると、格差のはげしい、不安定で不健康な社会しか築けないと、米国はよい見本を示してくれている。