No.790 スイスと日本

この夏休み、海外旅行に出掛ける人の数は250万人を超すだろうという予想があったが、ユーロ高にもかかわらずヨーロッパ旅行に出かけた人も多かったことだろう。

スイスと日本

日本人が好きな国の一つに、スイスが挙げられる。スイスはその風光明媚な地形から観光、そして精密機械や銀行で有名だが、永世中立国家としても知られている。ジュネーブにはさまざまな国際機関や非政府組織のオフィス、赤十字国際委員会などがあるために、平和の都市というイメージが強い。永世中立国家であるということから、その美しい山や湖のある国で、人々は平和のなかで安穏とした暮らしをしていると想像しがちである。

しかし永世中立国とは軍隊を持たない国という意味ではない。自らは戦争を始めず、また他国間の戦争にも参加しない、ということであり、それはどこかの国がスイスを攻めてきても援助を要請することができず、したがって自国で侵略国を撃退する力が必要だということだ。そのため、1815年に永世中立国の宣言をしたスイスはきわめて重武装の国家である。永世中立国は、世界中のどの国とも戦争をしないとうたいつつ、世界中のどの国とでも戦う用意があるということなのだ。

日本では「改憲」をかかげる自民党が国民に対する説明責任も、またまともな議論をへることもなく改憲手続き法案を成立させた。私が非暴力、非武装中立を主張すると、おろかな平和主義だといわんばかりの反論を受ける。しかし小さな島国日本が核兵器やミサイルを配備したところで、米国、ロシア、中国、インドといった広大な国土を持つ核保有国と違い、首都圏が核攻撃を受ければ壊滅状態になるのは目に見えている。軍事力で威嚇しても、日本にまったく勝ち目はないのだ。スイスは第二次世界大戦時、その重武装で侵略を「思いとどまらせる」政策で、ナチスの侵略をまぬがれた。だから日本もできるはずだ、とでも自民党は思っているのかもしれない。

観光地スイスの山中に作られたトンネルには、爆弾や予備の飛行機やタンクエンジンなど、戦争のためのさまざまなものが保管されている。主要な一般道路には戦車侵入防止装置が設置され、戦時になればトンネルやダムに設置されている爆発物を爆発させ、侵略者を撃退する仕組みになっている。政府は医療用器具や薬品を数年分保管し、使用期限がくるまえにそれらを補充する細かいシステムができあがっている。

また九州ほどの広さしかないスイスは、避難場所がないことを認識しているために学校や病院、家庭でも緊急避難用のシェルターが地下に装備され、国民は個人で2週間分の水と食料を保管しておかなければならない。また徴兵制で、男性には兵役があり、女性は民間防衛におけるさまざまなコースに参加することを求められる。戦争の続いたヨーロッパでこの方法をとるにいたったスイスにとっては最適の解であり、長年にかけて防衛は国民一人一人の義務だということをしっかりと理解しているスイスならではの方法かもしれない。

しかし日本は、日本人らしい方法で、戦争をしないという憲法9条を使うことで、平和な社会を維持していくべきだ。

今、世界は大きな変換期にさしかかっている。まず、安くて豊富なエネルギーがなくなりつつある。戦争には多くのエネルギーが必要だ。そのための石油をめぐって、大国が必死にイラクを押さえている様子はブラックジョークのようでもある。

エネルギーが稀少になれば、他の国が他の国を侵略する脅威は大きく減少する。したがって日本がすべきことは、スイスの道をまねるのではなく、まず、売国奴のような政治家が米国の脅しに屈して日本という国が破壊される前に、食料、エネルギーを自給自足できる社会に作り直すことだ。いま焦点をあてるべきは、国際ではなく、国内の問題や課題なのだ。国内で、自分たちの手で、健康や幸福のために必要な製品やサービスを提供することができる国にすることであり、それは日本の国家安全保障にとって、軍事兵器や軍隊の増強、またそのために憲法を変えることなどよりも、もっと重要なことなのだ。

私はパスポートを持っていないし、これからもおそらく持たないだろうから、スイスに旅行に行くことはないだろう。愚かな平和主義者かもしれないが、タンクも兵器も隠されていない美しい日本の山々の姿が、これからも変わらないでいてほしい。