No.841 アメリカ主義が壊れ始めた

10月3日、「週刊朝日」の取材を受けました。米国でウォール街を救済する法案を下院が可決する前のことでした。70兆円ものお金を米国の一般国民やインフラのためでなくウォール街に投入する救済案が否決されることを私は願っていましたが、結局はオバマをはじめ、多くの民主党議員もその案を支持しました。儲かっているときは政府の規制はじゃまだといい、減税を要求し、苦境に陥れば、手のひらを返したように政府の援助を求める、これがウォール街のやり方です。そして米国政府は、これまで財政赤字を理由に一般国民の福祉を次々と削減してきたにもかかわらず、昨年何十億円ものボーナスを手にしたウォール街の人々に、70兆円を贈ったのです。以下に、朝日新聞の許可を得て「週刊朝日」の記事を転載します。

アメリカ主義が壊れ始めた
金融崩壊で始まる世界不況、「脱米」で生き残れ!

 

いまの金融危機は「アメリカのベルリンの壁」と言われています。かつてドイツで壁が倒れ、旧ソ連が崩壊しました。今回はアメリカが経済覇権を完全に失う──というわけです。

これに対して、米国政府は最大75兆円の公的資金を投入し、金融機関の不良債権を買い取る法案を成立させた。一度、下院で否決された際にブッシュ大統領は、「手を打たなければ、事態は日増しに悪化する」と訴えた。

これは脅迫にしか聞こえません。「75兆円を注入すれば問題が解決する」と、政府側で太鼓判を押す人がだれもいないのですから。

私の勘では、公的資金を使っても金融機関の破綻は続く。そうすると、政府はまた新たな資金を入れる。金融機関は何度でも何度でもお金を吸い込む。有権者が怒って拒否するまで、ずっと繰り返すでしょうね。

逆に、金融機関が公的資金で生き返ったとします。すると、彼らは今回の危機を招いたのと同じ行動を繰り返すでしょう。儲かっている間は利益を自分のポケットに入れ、損したら政府に泣きつけばいいんです。

というのは、ポールソン財務長官としては、自分の友達を救うことに意味があるからです。ゴールドマン・サックスの出身ですから、まだウォール街に知り合いがたくさん残っている。

そもそも、リスクの高い金融商品を派手に売買するなど、金融機関が「ばくち」を始めたきっかけは、ルービン財務長官の時期(95~99年)にあります。世界恐慌の再発を防ぐために銀行に課せられた規制が大幅に緩和されたからです。

実は、この長官もゴールドマンの出身です。つまり、アメリカの経済政策の決定権を握っているのは金融機関ともいえます。

ルービン氏は長官を辞めた後、シティグループの会長に就きました。日本にたとえれば、財務相が何人も野村証券から来て、任期が切れたら三菱東京UFJ銀行に移るようなもの。おかしくありませんか?

こうした官民間での盛んな人材の行き来も「アメリカ主義」のひとつだ。とはいえ、この仕組みはサブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)問題をきっかけとする今回の金融危機に対しては非力のようだ。

それどころか、アメリカはすでに覇権を失いつつある。このところ減税ばかり続けたので財政赤字がふくらみ、国債を海外に大量に売ったからです。国別の保有残高で2位の中国が着実に首位の日本との差を縮め、ロシアも6位に上がった。

中国とロシアはアメリカにとって最大の「敵」ですが、そこに頼るしかないわけです。いま急に国債を売れば、その価格が暴落して自分も損してしまうと、両国とも持ち続けてくれる。これによって、アメリカはいまの地位にしがみついていられる、ともいえます。

中国やロシアが元気なのは、独立心が旺盛で、アメリカの言うことにあまり耳を貸さないからです。

アメリカはルービン時代に自国の規制をつぶしたあとで他国に行き、「おまえたちも見習え」と徹底的に命令してまわりました。日本を筆頭に、アメリカの「奴隷」の国は言うとおりにしてしまったんです。

数年前には、私の友人でもあるアメリカの有力議員に向かって、駐日大使が、「われわれが日本の官僚や政治家にどんな要求をしても、あいつらは降参する。どんどん成果を上げなければ、もったいない」と、笑いながら言ったそうです。

アメリカにへつらうほど軽蔑されてしまうわけですが、日本の官僚や政治家にはそれがわからない。へつらえば人気を得る、仲間になれると思っている。日本人は本当にかわいそうです。

こんな自分勝手な言動で、アメリカは世界中にいちばん迷惑をかけています。いちばんエネルギーを使って環境問題に悪影響を及ぼし、いちばん麻薬を買い、いちばん武器をつくり、いちばん武器を売る……。世界恐慌のときのように、今回も戦争で問題解決を図る恐れすらありますよ。

とにかくアメリカは大きな失敗をしない限り反省しないでしょうから、このまま本格的に没落する危険も大きい。そうなると、欧米の金融機関が繰り広げていた株や通貨などの金融取引が極端に少なくなるでしょう。経済規模は半分になるわけです。

日本としては、金融で稼ぐ望みは捨て、中国や韓国など近隣諸国との間で本当に必要な製品だけを貿易する態勢に切り替えることが必要でしょう。

同時に、庶民にとっては給料も半分になるわけです。私たちは広告に踊らされる買い物中毒を治し、裁縫や料理も覚えなければなりません。お金をあまり使わないように、衣食住をなるべく自分の手で片づけられるようにするんです。少なくとも、おじいさん、おばあさんの時代まではできていたことです。

アメリカが完全に覇権を失うか、確率の予測はできません。しかし、いざという時にそなえて、こうした準備だけは不可欠です。

私は2年前にアメリカの国籍を捨て、日本に帰化しました。アメリカはよく、「政府が悪いことをすれば、それは国民の責任だ」と言っているからです。私は世界中で悪さをするアメリカの責任をとりたくはありません。日本のみなさんも、どこまでアメリカに付いていくか、考えたほうがいいでしょう。

(週刊朝日 2008年10月17日号より許可を得て転載。
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