No. 1070 MAIと同じ道を

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉が予想以上に難航し、アメリカ通商代表部の高官は日本が農産物の関税をめぐり慎重なために協議が進んでいないという発言をしたという。

日本側からすればそれは当然のことである。国の農産物、すなわち食料は国家の安全保障にもかかわる重要な問題であり、農業だけでなく社会をも壊す可能性がある。アメリカがTPPによって求めていることは日本の政府が定める基準や規制を撤廃し、農地への投資制度や食品の安全性などの基準を緩めて自由化を推進させることなのだ。

TPPによって貿易障壁を取り除き、日本の市場を今以上に開放してアメリカからの輸出が拡大すれば、特に農産物は、政府から多額の補助金を受けているアメリカの大規模農業との競争に勝てるはずはない。日本の農業はさらに衰退し、エネルギーも食料もますます外国に依存しなければならなくなる。

またアメリカは、ヨーロッパでも同じような自由貿易協定の交渉を行っている。環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)である。すでに貿易関税の低いこの経済圏で目指すのは非関税障壁の撤廃だ。欧米間の自由な貿易や投資などを阻む国の規制を撤廃し、うたい文句は「新たな雇用を創出」である。債務危機にみまわれ、高い失業率のヨーロッパでは、もし本当に成長と雇用をもたらすのであればTTIPへの期待は大きい。

しかしここでも交渉は難航している。安全基準や規格、企業に対する政府の規制など、TPPと同じくヨーロッパにもTTIP推進企業が撤廃したい障壁がある。その障壁、つまり国の規制がなくなれば、企業は国境を越えて自由に活動することができるだろう。それによって貿易は伸びるかもしれないが、規制の多くは国民の健康や生活を守るためのものであり、また自由競争の原理を取り入れることが国民の幸福につながるとは限らない。ましてやそれによって雇用が増える保障は何もないのだ。

四半世紀以上前からヨーロッパでは、国々の政策や法制度の違いが貿易の自由化を妨げているとして欧州経済共同体が統括する共同市場の設立が掲げられた。1993年にEU(欧州連合)が発足、99年には単一通貨ユーロが導入された。これらはともに雇用を創出するという理由で推進されてきたが、実際はこの後からヨーロッパは不況となり、失業は減るどころか統一前よりもずっと増えているのである。

アジア通貨危機が起きた90年代後半、OECD諸国間における資本移動の自由化や大企業優遇などを盛り込んだ多国間投資協定(MAI)の交渉がTPPと同じように密室で開始された。しかしその草案が漏れ、市民の反対による圧力からフランスが参加取りやめを表明してMAIを推進する多国籍企業の思惑は挫折し、交渉は98年に決裂した。TTIPそしてTPPも、MAIと同じ道をたどるべきである。