No. 1281 スパイ活動疑惑

米紙ワシントン・ポストが2月、米中央情報局(CIA)やドイツ連邦情報局(BND)がスイスの通信暗号化企業を秘密裏に所有し、日本を含む世界各国の外交公電を解読するなど、秘密情報を収集してきたと報じた。

この報道後、スパイ活動を行っていたとの疑惑でスイス政府が調査に着手したのは、1971年にCIAとBNDが共同で買収したクリプト社である。同社は通信を暗号化する機器製造の大手で、第2次大戦後から世界約120カ国に暗号機器を販売していた。もちろんCIAとBNDが同社を所有していたことは、機器を導入した各国政府には知らされていない。

ワシントン・ポストによれば、CIAとBNDはクリプト社の機器に手を加え、暗号化された情報を簡単に読み取れるようにしていたという。CIAがクリプト社を所有していたことはリヒテンシュタイン籍のダミー会社によって隠されていた。ドイツのBNDは1990年代に撤退し、それ以降はCIAが単独でスパイ活動を行い、技術の進歩により暗号アプリなどが開発されたことで、CIAは2018年に同社を売却した。

「世紀のインテリジェンスクーデター」というタイトルでワシントン・ポストは調査資料の詳細を報じたが、CIAとBNDは世界各国の機密情報を収集し、スイスにはそれを認識していた元閣僚や議員が複数いるというのだから「永世中立国家」にも激震が走ったことであろう。

この報道はきわめて興味深い。なぜなら米国政府は、中国の通信機器大手ファーウェイの第5世代移動通信システム(5G)は中国政府を支援し、他国の通信システムへのスパイや妨害行為に関わっていると主張し、そのセキュリティーリスクのためにファーウェイを排除するよう同盟国に訴えてきたからだ。米国が証拠も提示せずに中国のスパイ行為を主張するのは「クリプトがCIAにやってきたことを、ファーウェイもするに違いない」と考えるからであろう。

米国が恐れているのはそれだけではない。エドワード・スノーデンが告発したように、アップル、グーグル、フェイスブック、マイクロソフトなどが作ったバックドアを通してFBIやNSAは情報を収集してきた。同盟国を含めて各国政府が5G機器にファーウェイを採用してしまうと、これまでのように米国諜報機関が簡単にスパイ行為を続けることができなくなるのだ。

米国が指摘するセキュリティーの懸念を拭い去るために、ファーウェイは自社の5Gのノウハウを他社に販売する意向を表明している。5G技術のライセンスを取得した企業は自由にソフトウエアコードを変更でき、購入した企業は不正アクセスを許すようなバックドアを見つけたらファーウェイの関与なしに対処できることになるという。

全てのソフトウエアにバックドアがないか調べるのは容易ではないだろうし、企業に対して強い力を持っている中国政府はやはり信頼できないというのであれば、システムはスパイされる可能性があるということを認識し、慎重に使うしかない。コンピューターやネットワークに接続する限り、常に危険にさらされているということを自覚するべきである。