No.149 米国は頭がおかしい――フセイン抹殺だなんて

アナン国連事務総長の調停により、米国の対イラク武力行使はひとまず回避されたものの、米国内ではアナン事務総長がイラクに妥協したとし、この妥協が米国の威信を貶めるものであると、今回の調停に批判的な立場をとる人も多いようです。クリントンが中東に送った米国兵力が何も行動せずに帰ってくることになれば、クリントンは自分の判断が間違っていたことを認めなければなりません。ですからクリントンが自分の行動を正当化するために、武力行使に出る可能性はまだまだ残っているのではないかと私は見ています。  そこで再度、『東京万華鏡』(ジャーナリストである高野孟氏が刊行しているインターネット上のオンライン週刊誌)より、米国の対イラク政策に関する記事をお送りします。この記事の中で、著者、高野孟氏は「米国は世界のどの国についても、自分が好まない指導者を爆撃したり抹殺する権利は持っていないし、自分が好むような政権を作る権利も持っていない。……唯一超大国への過信が、自分の基準を世界に押しつけて当たり前だと思いこむ米国の傲慢を極点にまで押し上げているのではないか」と述べています。是非お読み下さい。

米国は頭がおかしい――フセイン抹殺だなんて
高野 孟(インサイダー編集長)

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 米国はイラクをめぐって外交的な袋小路にはまりつつある。イラクが国連の査察団による調査を「無条件かつ無制限に」認めない限り空爆をするしかないと主張し、そのために世界各国に国務・国防両長官をはじめ特使を派遣して説得に努め、さらに国内でも武力行使への理解を求める対話集会まで開きながら、戦争回避のために妥協を求めるアナン国連事務総長のバグダッド訪問を容認した。

 アナンがサダム・フセインから何らかの妥協を引き出すことに成功したとしても、現在の査察団を「無条件かつ無制限に」受け入れることにならないのは自明で、その場合クリントンは内外の反対を押し切って空爆を開始するのだろうか。しなければ面子が立たず、すれば非難囂々で立ち往生するに決まっている。

不純な動機
 こんなことになった第1の要因は、クリントン政権の外交的な拙劣である。国連チームを「無条件かつ無制限に」受け入れない限り空爆だというのはギャングの論理で、最初から交渉の余地はないと言っているに等しい。

 確かにイラクは生物・化学兵器を生産・保有しているのではないかと疑われる理由を持っており、「現在は生産も保有もしていない」と主張するイラクも、国連がそれを公正に査察しようとする限りそれを受け入れる意思を表明している。ところが実際に編成された査察チームは、16人のうち9人が米国人、5人が英国人で、残りが豪州人とロシア人各1人。つまりはイラクにとって依然として敵国である米英のダミーにすぎない。これをイラクが警戒し、その行動に一定の制約を加えようとするのは主権国家として(というよりも今なお米英に対する戦闘態勢を解いていない軍事国家として)当たり前のことであって、それを百も承知で米英がこの挙に出たのは攻撃のきっかけを掴むための挑発にほかならなかった。

 イラクは、5つの安保常任理事国で均等に構成されたチームの派遣を去る1月に逆提案している。公正さを確保する上で説得性のあるこの案ではなぜダメなのか、米英は世界にきちんと説明する必要がある。でなければ、米英は国連を隠れ蓑に使って侵略の口実を作ろうとしているだけで、その裏にはアングロサクソン流の異教徒狩り・独裁者狩り、あるいは西部劇的なインディアン殺しの嗜虐趣味が見え透いていると言われても仕方がないのではないか。

 第2の要因は、「唯一超大国」という傲慢ゆえに国連など自分の意思でどうにでも動かせるという幻覚である。クリントンは「武力行使に新たな安保理決議は不要」と言っているが、安保理はこのような重大な判断を米国に一任したことはなく、現に仏露中は武力行使に反対している。イラクには国連の意思に100%従うことを求めながら、自分は国連の意思に反してでも勝手に戦争を仕掛ける権利があるというのだろうか。安保理の合意のない戦争は単に米英の私的な戦争にすぎず、そうであれば何も他国の同意など求めずに勝手にやればいいのである。

 前回の湾岸危機の場合には、空爆自体の是非には議論の余地が大いにあったとはいえ、それ以前にイラクがクウェートの主権を踏みにじって侵略したという明白な事実があったために、国連安保常任理事国はじめ国際世論はおおむね対イラク武力行使を支持・容認した。

 しかし今回、イラクが保有しているかどうか分からない(だから査察が必要なのだ)生物・化学兵器をイスラエルあたりにブチ込むかもしれない(全くの推測にすぎない)という理由で、イラクという立派な独立国家の主権を侵害しようとしているのは米国であって、だからこそ安保常任理事国5ヵ国のうち仏露中3ヵ国も武力行使に反対している。また前回は最大の軍事拠点を提供し、イラクが本当に生物・化学兵器を持っているとすれば誰よりも切迫した脅威を感じているはずのサウジアラビアやバーレーン、アラブのリーダー=エジプトといった周辺国さえも協力を拒んでいる。

 第3の要因は、クリントンの私的かつ内政上の事情である。クリントンが何が何でも戦争をやりたい最大の動機は、前代未聞の同時多発的セックス・スキャンダルから米国民の目を逸らせたいという不純なものであることは世界も米国民もみな知っている。さらに経済的な側面で言えば、米軍需産業が抱える膨大な兵器・弾薬の在庫を一気に吐き出しながら、チタンヘッドに改良されたトマホーク・ミサイルや、建物の壁を貫通して内部を破壊する新型滑空爆弾などの新兵器のテストをしたいという軍産複合体の都合がある。こんなドメスティックな事情を背景にした与太話に世界が真面目に付き合う方がおかしい。

戦争目的は?
 それでもイラク相手に戦争をするとして、その戦略目的は何なのか。

 第1に考えられるのは、イラクの生物・化学兵器の生産・貯蔵施設の破壊である。しかし、どこがその施設であるかは米国側の推測にすぎず、そうでない施設を破壊し、あるいは一般人を殺傷したときの責任はどうとるのか。また実際にそのような施設だったとして、どれだけの深さにどれだけ堅固な建造物があるか分からないものを、どうやって破壊し、さらにどうやって中の兵器を確実に破壊したと結論づけるのか。米国もその難しさを段々分かってきて、当初は「生物・化学兵器能力を完全に破壊する」と言っていたが、最近はその能力を「減殺する」と言い換えている。しかし減殺するだけなら、それがまた復活することは避けられない。そうするとまた空爆?

 第2に、そうではなくて、フセイン政権の存立基盤である軍事力と軍事工場を叩くことが目的なのか。そもそもそんなことが国際法上許されるのかという問題を別にしても、対イラク国連決議の範囲を逸脱していることは間違いない。しかも実際問題として、多くの軍事施設が一般の工場や病院などの地下に隠されているという情報もある中で、どのようにして無差別爆撃になることを避けるのか。前回の「ピンポイント爆撃」の欺瞞性についてはすでに米国内でも広く認識されている。

 第3に、それとも共和党が声高に主張し、米マスコミがいとも気楽に論じているように、フセイン大統領の“抹殺”が目的なのか。例えば『ニューズウィーク』2月18日号はこう書いている。

「米議会の過半数を握る共和党はさらに強硬だ。フセインを“なんとかして排除”すべきだと、トレント・ロット上院院内総務は言った。……だがアメリカが本気だとしても、無数の防空壕をもつフセインの抹殺は容易ではない。……ことによるとフセインを排除するには、米政府が選択肢から排除している地上軍の派遣以外にないのかもしれない」

 他国の指導者の抹殺が軍事技術的に可能かどうかを無邪気に論じているのが異様である。

 オルブライト国務長官も12日下院外交委の証言で「フセインがいなくなればイラクは一層暮らしがよくなる」「ポスト・サダム政権と協力して仕事をしていきたい」と述べており、フセインの抹殺とは言わないまでも別の政権が出現することに露骨な期待を述べている。これは、内政干渉という次元を遙かに超えて、曲がりなりにも選挙で選ばれている一国の大統領に対するテロ宣言に等しい。

 かつて冷戦時代の米国は、どんなに気に入らない政権であっても国務省レベルの外交関係としては普通に付き合いながら、裏ではCIAの秘密工作部隊が冷酷にその転覆を謀るといった節度ある(?)任務分担を保っていたが、CIAがその機能を失った今、大統領やその閣僚・スタッフが公然と他国の政権打倒を口にするという信じられない野蛮に陥っている。こんなことがまかり通るなら、サダムが自分の気に入らない米国の政権を打倒するためにホワイトハウスを爆撃したり、クリントンの暗殺を公言したりすることも許されることになる。

 あるいは逆に、同じように米国にとって理解不能で醜悪な独裁者である北朝鮮の金日正総書記をなぜ殺さないのか、生物兵器の保有能力があるとされる世界25ヵ国をなぜ次々に攻撃しないのか、100発以上の核弾頭を密かに製造していると言われるイスラエルをなぜ爆撃しないのか等々を合理的に説明することもできなくなる。

 誰が考えても明らかなように、米国は世界のどの国についても、自分が好まない指導者を爆撃したり抹殺する権利は持っていないし、自分が好むような政権を作る権利も持っていない。ましてイラクは、米国より数千年も長い歴史を持つ世界最初の文明国の1つであり、今日の中東でもサウジアラビアやクウェートや湾岸諸国に比べて相対的に成熟した社会制度を持つ、イスラム的な基準における民主国である(例えば女性の社会進出度の高さとか)。「唯一超大国」への過信が、自分の基準を世界に押しつけて当たり前だと思いこむ米国の傲慢を極点にまで押し上げているのではないか。

 前回の湾岸危機では、米国は、当初はサウジの油田防衛を目的に30万人の兵を派遣し、次にそれをクウェート奪還にエスカレートさせ、そこまではまだいいとして、さらにそれをフセイン打倒のためのイラク爆撃へと拡張した。南ベトナム防衛がついには北爆にエスカレートしたのも同じで、目的のはっきりしない戦争ほど無益である。歴史は繰り返され、繰り返されるほど愚かしくなる。

 以上のような思考を全く欠いたまま、小渕恵三外相は13日、訪日したリチャードソン米国連大使に「外交的解決が最善だが、すべての選択肢をとる余地が残されているという米国の見方を日本も共有する」との見解を表明したのは愚の骨頂である。前回の湾岸戦争で米国に脅されて巨額のカネを巻き上げられた上に、「何もしなかった」という“汚名”を着せられた愚を繰り返す危険が濃厚である。米国に「あなたは頭がおかしい」と言ってやるのが同盟国の務めであるはずなのに。

(2/23/98)

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株式会社ウェブキャスター運営のオンライン週刊誌『東京万華鏡』
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