No.543 経営の神様の報酬

今回は、GE社のジャック・ウェルチ元会長の引退後の報酬内容をもとに、経営の神様が引退後いかに巨額の報酬を得ることになっていたかをご紹介します。GE社はダウンサイジングや株主重視経営、さらにはエンロンの簿外取引で問題となった「特別目的会社」を最初に導入した企業です。まさに大多数の人を犠牲に一部の人間だけが利益を手にするという二極社会を米国に作った張本人といえます。日本でもウェルチ氏を崇拝し、GE社の経営手法を取り入れている企業が多いようですが、彼の影の部分もきちんと理解した上で、これからのどのような経営手法を導入すべきなのかを真剣に考えていただきたいと思います。是非お読みください。

経営の神様の報酬

イラク情勢の緊迫化という問題はあるにせよ、米国株式市場の暴落は米国を代表する大企業の相次ぐ不正会計が発覚し、これまでの繁栄がバブルにすぎず、それが膨張された会計報告にあったということはもはや疑う余地はない。いま米国経済は深刻な打撃を受け、その余波は当然ながら日本経済にも及んでいる。
以前このコラムで、企業の評価損など一時的にしか発生しない費用を会計報告から切り離し、より多くの利益を計上することができるという、業績を調整できる会計方式を米国の多くの企業が採用していると書いた。

日本にも多くの信者

この七月に米国で成立した企業改革法では、故意に虚偽の決算報告を行った経営者には最高で20年の懲役が科せられることとなったが、ストックオプションの費用計上が相変わらず違法でないのであれば、貪欲な経営者にとっては法律を犯すことなく、いかに多くの利益を自分のものにしていくかが今後の課題となっていくだろう。
いま、この貪欲な経営者に関連して米国で最も脚光を浴びている元経営者がいる。その人はゼネラル・エレクトリック(GE)社のジョン・F・ウェルチ元会長である。
ウェルチ氏は1981年以来、21年間にわたりGE社に君臨し、同社を世界最強の企業に育て上げたとして「20世紀最高の経営者」と称賛され、日本でも「経営の神様」として多くの信者がいる。ウェルチ氏を称賛した日本のメディア、またはその経営指南を手本としてきた人々は、どんな思いでいま、この彼に関する報道を見ているのであろうか。
GE側がウェルチ氏の昨年九月の引退前に発表したことは、氏の2000年のボーナスを含む報酬は1,670万ドル(約20億円)であり、引退後もコンサルタントとして残り、その報酬は86,000ドル(約1,000万円)、会社施設とサービスを生涯使用できる権利を提供する、ということだけであった。
しかし、昨年秋に、日本の経済紙に連載されていたコラムで「引退後はもっと一緒にゆっくりできる時間が増えるのを期待している」と書いていたジェーン夫人との離婚協議において、夫人が裁判所に提出した書類からその生涯利用できる権利の内容が公になったのである。

離婚協議の中で・・・

元夫人がらつ腕の弁護士であったことがウェルチ氏に災いしたのか、ウェルチ氏がGE社から与えられている特権の半分は慰謝料として自分にも権利があると主張しての資料提出であったが、米メディアが競って報じた記事から、引退後にGE社から提供されていたというパッケージを挙げると、「GE社所有のボーイング737機の使用とマンハッタンの高級マンション、USオープンテニスの特等席、4つの邸宅の衛星テレビと、マンハッタンのマンションに関連するワイン、食料から新聞、トイレットペーパーにいたるすべての費用、そのマンション内の高級レストランでの食事…」など、これらを生涯にわたり提供するというものである。
9月初めにこの内容が問題になるとまもなく、ウェルチ氏は米ウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿し、現在受けている特別待遇を返上することを決めたと述べた。この特別待遇は合法ではあるが、米証券取引委員会がGEに調査に入るなど、世界の投資家からの厳しい目が向けられるようになったためである。
「経営の神様」と呼ばれ、日本では自伝を含む彼に関する書籍がいくつも出版されたが、その中に『At Any Cost: Jack Welch, General Electric, and the Pursuit of Profit』(邦題「ジャック・ウェルチ 悪の経営力」)という本がある。

崇拝から崩壊へ

この本は、80年代にGE社が行った大量の人員削減によってダウンサイジング(小型化すること)が主流となったこと、株主重視の経営を打ち出し、それを他の米国企業にも浸透させたことなど、GE社の社会的影響力の大きさを指摘している。それが90年代の米国企業の繁栄にもかかわらず、米国社会で暮らす人々には不安定な生活をもたらしたからである。
また倒産したエンロンの簿外取引で問題となった「特別目的会社」を最初につくったのはGEであり、GEキャピタルは特別目的会社を使ったビジネスで巨額の利益を上げてきたということも忘れてはならない。
企業改革の師としてウェルチ氏やGE社のやり方を取り入れようとしてきた日本の経営者の方にも、ウェルチ氏が退職後に受けていた待遇のみならず、ぜひこの影の部分も知っていただきたいと思うし、それを理解したうえで、その経営手法を取り入れることが自社の、そして日本社会にとってプラスとなるかをもう一度考えるべきであると思う。
いずれにしても、米国の株価の低迷と、今回のウェルチ氏に対する米国市民の冷ややかな反応は、20世紀後半を象徴する経営者として多くのビジネスマンから理想のリーダー像としてあがめられた彼の真の引退を意味するものかもしれない。またこれからどのような経営手法が求められているのかを、私たちに真剣に考える機会を与えたのだと思っている。