No.936 金融危機の展望

アメリカにヌリエル・ルービニという経済学者がいる。私はよく彼の論文を参考にするが、経済学者にありがちな難解な文章ではなく、一般の人でもわかるよう明瞭で論理的に書かれている。

金融危機の展望

そのルービニ氏は、金融危機は「予測可能な状態であり、偶然起こるものでも予測できないものでもない」と指摘する。資産バブルは多くの場合、不動産や株式市場、または新しい産業が生まれたときに発生し、それが人々を熱狂の渦に巻き込み、あたかも永遠にあがり続けるような幻想を抱かせる。そして投機熱がおこり、同時に過剰な借金がつみ上げられるのである。

過去においてはじけなかったバブルはない。ハイマン・ミンスキーという経済学者も、金融システムには安定と不安定を行き来するサイクルがあり、それによって市場はバブルと恐慌の両方に陥ると論じたが、アメリカでも日本でもこのミンスキーの主張を真剣に分析、検討する者はほとんどいなかったがルービニはそれを行った数少ない経済学者なのである。

詳しくはルービニ氏の“Crisis Economics”という本に書かれているが(『大いなる不安定』と題して日本語版がダイヤモンド社から出版されている)、金融危機はむしろ例外ではなく規則的に起きる現象であり、これまでは100年に一度の頻度で起きていたものが金融規制が緩和されたことによって頻繁に、そして過去よりもずっと大きなスケールで起きるようになってしまったのである。

この金融危機が、より大規模に、頻繁に起こるようになったのはレーガン・サッチャーが始めた金融規制緩和からであり、小泉や竹中といった人々によって日本も同じ路線を進んできた。先ごろ経営破綻し、戦後初めて日本でペイオフが発動された日本振興銀行も、竹中平蔵氏が金融相だったときに設立された銀行だった。もはや政治家ではない竹中、小泉両氏の責任問題はさておき、今なぜ日本がここまで巨額の債務を積み上げたのか、そして国民の間に貧富の格差が広がったのかを、過去に行われた規制緩和とあわせて検証することは必要である。

ルービニ氏は、世界で強い権力を持つ銀行カルテルによって現在の状況はこれからも続くだろうと見ており、私も同意見である。パワフルな銀行カルテルは、たとえば金融改革の一つとしてグラス・スティーガル法の復活を主張する声があがっているが、ただでさえ抜け穴だらけの現在の規制すら排除しようと圧力をかけている金融業界だから、なんとしてでもそれに反対するだろう。

ルービニ氏の今後の世界経済の展望はどの専門家よりも悲観的である。残念ながらこの点でも私は氏に同意見である。ほとんどの国の民間、公共部門はあまりにも多くの債務を抱えており、それを返済するには1930年代の大恐慌と同じような不景気にならなければ不可能だからだ。

解決策として私は銀行からお金を作る仕組みである「信用創造」という特権を取り上げることを主張しているが、ルービニ氏の意見ほどにもこれに耳を傾けてくれる政治家、経済学者はいないようだ。